源氏川苦心の快楽書肆
古い本を探しては読みふけつてゐます。よければお付き合ひくださいな。
文章読本
文章読本 (中公文庫)文章読本 (中公文庫)
(1995/12/18)
三島 由紀夫

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文章読本
三島由紀夫【著】
中央公論社(中公文庫)刊
1973(昭和48)年8月発行
1995(平成7)年12月改版


本日は三島由紀夫といふ人がハラキリをした日ださうです。1970(昭和45)年11月25日。何と41年経過したわけであります。
何でも若松孝二監督が三島事件を映画化したとか(公開は来年)。ううむ...まあ、今でも三島信者は多いといふことでせうか。

彼が『文章読本』を書いた目的は第一章に明確に語られてゐます。
アルベール・チボーデが小説の読者を「普通読者(レクトゥール)」と「リズール(精読者)」に分類したことを紹介し、この『文章読本』で、読者をレクトゥールからリズールに導きたいと意欲を述べてゐます。
即ち彼は、文章上達法としての読本ではなく、文学作品の良き鑑賞者を養成せんがための読本を目指したと申せませう。さう考へれば腹も立ちますまい。

実際、第二章以降は小説・戯曲・評論・翻訳などの分野ごとに、三島流文章論を展開し「これこそが文章のお手本であります」とばかりにたたみかけます。
その文章から漂つて来るのが、「良い文章といふのは誰にでも書けるものではなく、ごく一部の限られた達人にのみ可能であり、君たち凡人が気取つて名文をものした心算になつてゐてもそれは恥づかしいだけさ。分相応といふものを知りなさい」と、心の底から大衆を馬鹿にした筆致ですね。でもここまで徹底すれば爽やかでさへあります。

ところで、本書で一番三島由紀夫らしい茶目ッ気が表れてゐるのは、巻末の「質疑応答」ではないでせうか。
著者が「三島由紀夫」であるといふ理由で今でも版を重ねてゐると思はれます。しかし最後は肩の力が抜けた「からっ風野郎」になつてゐて少し嬉しいのであります...

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