源氏川苦心の快楽書肆
古い本を探しては読みふけつてゐます。よければお付き合ひくださいな。
河童・或阿呆の一生
河童・或阿呆の一生 (新潮文庫)河童・或阿呆の一生 (新潮文庫)
(1968/12/15)
芥川 龍之介

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河童・或阿呆の一生
芥川龍之介【著】
新潮社(新潮文庫)刊
1968(昭和43)年12月発行
1989(平成元)年9月改版


生れて初めて読んだ芥川作品は、「羅生門」でも「蜘蛛の糸」でも「地獄変」でもなく、「或阿呆の一生」でした。これはあまり正統的ではないかもしれません。
中学生当時、我が家に元元有つた『新潮現代日本文学全集』の「芥川龍之介」の巻を開いたら、「或阿呆の一生」なる作品が目に飛び込んで来たのであります。タイトルからしてユウモラスな愛すべき阿呆の話かと思つたら、これといつたストオリイのない、支離滅裂な作品であつた。
「微苦笑王子」久米正雄に宛てた文章が死を予感させ、胸騒ぎを誘発します。もちろん我我はその結末をすでに知つてゐる訳ですが...アフォリズムともいへず、やはり叫びとでも申せませうか。

「河童」は、精神病患者の話として語られます。人間の世界以上に人間的な河童の世界。当時の世相を風刺するといふよりも、作者の極限に達した苛立ちが感じられるのであります。
「大導寺信輔の半生」の「只頭ばかり大きい」少年は、まさに芥川自身。幼時の写真を見ると、確かに不気味なほど頭部がでかい。既製品の帽子では頭に入らなかつたといひます。相当コムプレックスを感じてゐたのでせう。
「歯車」ではもはや救ひが見えません。芥川はドッペルゲンガーを見たのか。自身の生霊か。歯車とは例へば「虹男」(1949年のパートカラーの映画)みたいなものでせうかね。違ふか。

他に「玄鶴山房」「蜃気楼」を収む。かうしてみると、とても芥川龍之介の入門篇としては薦められぬ作品集であります。が、これも芥川が遺した貴重な芸術品と申せませう。

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