源氏川苦心の快楽書肆
古い本を探しては読みふけつてゐます。よければお付き合ひくださいな。
遺体―震災、津波の果てに
遺体: 震災、津波の果てに (新潮文庫)遺体: 震災、津波の果てに (新潮文庫)
(2014/02/28)
石井 光太

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遺体―震災、津波の果てに
石井光太【著】
新潮社(新潮文庫)刊
2014(平成26)年2月発行




3.11に関する報道や書物から、意図的に避けてゐたやうな気がします。まともな精神状態では接することが出来ないかも...どうせ何も出来ない自分を再確認するだけ...怖かつたのですね。要するに逃げてゐたのであります。
1995年の阪神淡路の時も尋常ならざる衝撃を受けました。旅好きの自分が、それ以降一年以上も私的な旅行をする気になれず、鬱鬱としてゐたのです。

ただ、震災による破壊・火災といふのは、規模の大小の違ひはあれど、過去に見聞した範囲であります。
しかし今回の津波による被害は、今まで生きてきた中でも、全く未知の災害。遥か昔の歴史的事実で聞いたり、パニック映画などで表現されるレベルで、とても現代の我々を襲ふなどとは夢にも思はなかつたのです。
たしかに大水害で街も田畑も水浸しになる災害は過去にも度々起きてゐましたが、濁流ごと家も人も呑み込まれ、ひとつの街が丸ごと消滅する映像を見た時は「こんなことがあつて、いいものか?」と茫然としたのであります。

そんなわたくしが今回、『遺体―震災、津波の果てに』を手にとつたのは、石井光太氏の著書であるからには、従前の報道では語られなかつた事実もあるのではないかと期待したからであります。また、「遺体」に焦点を絞つた取材内容であることも凡百の類書とは一線を画するものだなと勘考した次第なのです。
取材地は岩手県釜石市に限定してゐます。陸前高田など市域全体が機能不全に陥つた土地は取材不能といふことで、市域の半分が残る釜石を選んだのださうです。

民生委員、歯科医、医師会、市職員、消防団員、住職、自衛官...「遺体」に関つた人たちに取材し、安置所が設置されてから、全遺体が土葬を回避し火葬が決まるまでのドキュメントを綴つてゐます。
石井氏らしく、平易で簡潔な表現、達意の文章で語られるのですが、中中読み進むことができません。読み易い文章の筈なのに。
それだけ事実が重過ぎることもあるでせう。読みながらこみ上げるものを感じ、しばし本を伏せたことも一度や二度ではありません。

遺体を確認する遺族の慟哭、遺体への敬意を忘れない民生委員、読経しながら声を詰まらせる住職、被災者に気を使ひながらひつそりと食事を取る自衛隊員...誰もが未経験の出来事に右往左往しながら、腐敗の進む遺体と対峙し、魂の安らかならんことを祈念して自分の使命を果たしていきます。自分が同じ境遇になつたら、と考へると頭が下がる思ひとともに、涙が出てきます。

前述のやうに、本書は釜石だけの話であります。もちろんその他の各地で、さらなる遺体の物語があつた筈です。さういふ遺体の声なき声も想起させる点でも、本書は「忘れてはいけないぞ」と喚起してゐるのでせう。

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