源氏川苦心の快楽書肆
古い本を探しては読みふけつてゐます。よければお付き合ひくださいな。
私の國語敎室
私の国語教室 (文春文庫)私の国語教室 (文春文庫)
(2002/03)
福田 恒存

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私の國語敎室

福田恆存【著】
文藝春秋(文春文庫)刊
2002(平成14)年3月発行



サテ福田恆存氏も今年で没後20年でした。この人も毀誉褒貶相半ばし、神様と並び称されるかと思へば、天下の愚物扱ひをする人もゐます。まあ愚物は言ひ過ぎですな。とにかく存在感は抜群、歴史に名を残す思想家・批評家・劇作家・翻訳家と申せませう。
福田氏の代表作は何か。良く分かりませんが、一番読まれてゐるのはこの『私の國語敎室』ではないでせうか。

元来、戦後に行はれた「国語改革」批判として書かれたものであります。敗戦後、それまで自信満々だつた日本人が、一転米国へのコンプレックスの塊と化しました。戦争に負けたのは、文化力の差だと感じ、その原因の一つとしてやり玉に挙がつたのが、他ならぬ日本語であります。
漢字のやうな前近代的な文字を駆使してゐるから、世界に出遅れるのだ。しかも音韻と表記が不一致である。根本的に我国の国語を見直さうではないか...

今では噴飯物と感じられるさういふ意見も、当時は一定の支持を得てゐたやうです。「改革派」の思惑は、漢字の全廃、そしてローマ字化であります。ベトナムや朝鮮も漢字を廃した。あの中国でも漢字を簡略化し、ローマ字を併記し始めたではないか。このままでは欧米に追ひつくことは愚か、中国にも抜かれてしまふぞ。あの志賀直哉大先生もフランス語国語化論をぶつてゐるぞ...

福田氏はかういふ態度の国語審議会のメムバアに対し、真向から反論してゐます。六章構成となつてゐて、著者は頭から全部読むのが一番良いが、取敢へずの問題を把握するためには、第一章、第二章、第六章をまづ読めと説きます。
「現代仮名遣い」の不合理性を指摘し、「歴史的仮名遣ひ」が如何なる法則に基いてゐるのかを解説します。時には改革論者を激しく罵倒し、痛快ですらあります。

ポイントは漢字に対する認識の相違か。文字は音韻を表現するものとしてローマ字化を進めたい改革派に対し、表意文字としての漢字の重要性を説く著者。現在は日本語ワードプロセッサが当り前になつてゐますが、当時から既にこの状況を予想してゐた著者の慧眼にも注目でせう。
日本語の特質を、文字と音韻の面から詳しく解説し余すところがありません。名著の名に恥ぢぬ一冊と申せませう。

なほわたくしが所持するのは新潮文庫版『増補版 私の國語敎室』でありますが、絶版とのことですのでより入手容易な文春文庫版を挙げませう。ただしこちらには、一部未収録の文章があるさうです。悪しからず。

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