源氏川苦心の快楽書肆
古い本を探しては読みふけつてゐます。よければお付き合ひくださいな。
赤い草
ボリス・ヴィアン全集〈5〉赤い草ボリス・ヴィアン全集〈5〉赤い草
(1978/10)
ボリス・ヴィアン

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赤い草(ボリス・ヴィアン全集第5巻

ボリス・ヴィアン【著】
伊東守男【訳】
早川書房刊
1978(昭和53)年10月発行


ボリス・ヴィアンの作品といへば、『うたかたの日々』『北京の秋』あたりがお薦めで、あとは陰鬱ながら『心臓抜き』といつたところがまづ浮かぶのであります。
それらは存在感の薄い主人公が、現実と非現実の境界が不確定な世界で彷徨ひ、読者は感情移入しづらく言葉遊びの中で心地良く翻弄されるといつた作品群と申せませうか。

『赤い草』も一応ストオリイらしきものはあります。しかし一般的な支持を得さうな浪漫的な話ではありません。
主人公たちが記憶除去機なるものを開発するにあたり、まづはその記憶をどんどん遡つてゆくのでありますが、それにつれて彼らは死に向つてまつしぐら。流線型で終末へ吸ひ込まれてゆくのでした。記憶除去機の周囲にはタイトルとなつた赤い草が生えてゐます。これは意味があるのか、何の寓意もないのかよくわかりませんが、多分深く考へなくてもよいのでせう。

主人公ウルフにはリールといふ妻が、相棒技師であるサファイヤ・ラズーリにはフォルアヴリル(四月馬鹿と訳される)なる恋人がゐます。しかし最後には彼女たちは男どもを捨てて(男たちは死ぬことで完全な存在となると考へてゐた)、リールとフォルアヴリルの二人で旅に出るところで小説は終つてゐます。

セナター・デュポンといふ言葉を話す犬や、そのセナターが好むウアピティなる謎の生物とか、まことに気になります。しかし、作中には一切詳しい説明がないので、どうしてこんな犬がゐるのか、ウアピティとはいつたい何か、さつぱりわかりません。安部公房の「ユープケッチャ」も魅力的ですが、こちらはまだ説明があるだけイメエヂしやすい。しかしヴィアンはおかまひ無しです。その解釈は読者に丸投げなのです。いや、解釈して貰ふつもりすらないのかも知れません。自由だ。

もしこれからヴィアンの作品を読まうとする人がゐるなら、あまり本作は正統派ではありません。『うたかたの日々』(『日々の泡』の邦題もあり)をまづ読んで、この世界が肌に合はないと感じたら、本作は手に取らない方が良いでせう。寂しいけど。

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