源氏川苦心の快楽書肆
古い本を探しては読みふけつてゐます。よければお付き合ひくださいな。
途中下車の味
途中下車の味 (新潮文庫)途中下車の味 (新潮文庫)
(1992/06)
宮脇 俊三

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途中下車の味

宮脇俊三【著】
新潮社(新潮文庫)刊
1992(平成4)年6月発行


途中下車。甘美な誘惑。旅の醍醐味は「途中下車」にあるのではないかとさへ思ふことがあります。
江戸時代の旅はもとより徒歩の旅が基本で、その道中に大きなウェイトが置かれてゐました。当然現在の旅よりも危険も多く、目的地によつては命懸けといふ場合もあつたことでせう。

それが明治以降、乗物が発達し、少しでも早く目的地へ、といふ風潮になつてゐます。用務とか緊急時などは大いに助かるのでせうが、特段に急がない観光客までが急ぐ、といふのは如何なる心情なのでせうか。もちろん目的地へ行つて、あれを見たいこれを食べたいと逸る気持ちは分かりますがね、そこまでの経路を蔑ろにし過ぎではないかと。
旅は自宅を出るところから始まつてゐると存じますが、その考へ方は古いのでせうか。先達ても「旅は目的地に着いてからが始まりで、そこまでは単なる移動」と述べた人がゐて、わたくしは慨嘆し、頬に一筋流れるものを...あ、少しおほげさでした。

さて『途中下車の味』は、『旅の終りは個室寝台車』の続篇にあたる作品であります。しかし道中の相棒たる「小説新潮」編集者は交代してゐて、そのせいか前作とはいささか趣きが異なつてゐます。
内田百閒の『阿房列車』を思はせる前作は、基本的に乗る列車が決まつてゐたのですが、今回は行き当たりばつたりの方針を打ち出します。

「ですから、前回とは趣向を変えて、こんどは万事未定でやりましょうか。気が向いたところで途中下車しながら......」
「万事未定ですか。わかりました」
「下車駅未定、宿泊地未定」
「住所不定」
「そうそう」

(「一円電車と松葉ガニ」より)

まあ切符の手配の都合とか、後半になるとシリーズ全体のバランスとか(まだ九州へ行つてゐないので、次は九州へ、とかね)を考慮するので、実際には事前にある程度の方角は決まるのですが、それでも宿泊地や見物・見学スポットは未定のまま出発する点は中中スリリングで良いものです。最近はテレビの旅番組でも同様の趣向が見受けられるので、さういふ旅が面白いといふ認識は皆あるのでせう。

もつともそのおかげで、駅弁を買ひそびれたり、混雑したロングシートの車内でぬるいビールを立つたまま飲むはめになつたりします。芸人ならむしろオイシイ場面でせうが。個人的には、無計画結構ですがもう少し先を読まうよと突つ込みたくなります。ま、だから読者にとつては面白いのですがね。
さて本書を読んだからには、次の旅行から目的地までの楽しみも追求してみませう。せつかく日常から脱出するのに、旅の道中まで日常の延長ではもつたいないと申せませう。

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