源氏川苦心の快楽書肆
古い本を探しては読みふけつてゐます。よければお付き合ひくださいな。
痴人の愛
痴人の愛 (新潮文庫)痴人の愛 (新潮文庫)
(1947/11/12)
谷崎 潤一郎

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痴人の愛

谷崎潤一郎【著】
新潮社(新潮文庫)刊
1947(昭和22)年11月発行
1969(昭和44)年7月改版
1987(昭和62)年6月改版
2003(平成15)年6月改版


大谷崎、没後50年を迎へるのださうです。著作権の問題とかで、色々話題になつてゐますが、青空文庫で読めるまで待つといふ向きもあり、さすがにそれはどうかねえ、と。そこまでして本を買ひたくないのでせうか。
ところで谷崎にはなぜ「大」が付くのか。「大漱石」とか「大鷗外」とは言はないのに。他に「大」が付くのは、「大乱歩」くらゐでせうか。

で、代表作たる『痴人の愛』であります。わたくしが所持するのは、中学生時分に購買した新潮文庫版。当時のチラシも挟み込まれてゐます。新潮文庫版「こころ」を持つた岸本加世子さんが、カツと目を見開いて正面を見据ゑ、「3冊坊主でいいのかナ」などとつぶやいてゐるのです。
このチラシの裏側には、井上靖氏と北杜夫氏の対談の一部が。豪華な顔合せであります。北杜夫氏は、読書と年齢の関係について述べます。「高校時代に読んであまり面白くなかった本が、三十代になって読みかえすと、ハッと啓示を受けるようなこともあります。おそらくその逆に青春時代に読まなければ、その本当のよさがわからないものもあると思う」と。

わたくしにとつては、この『痴人の愛』がまさにさうでした。そりやさうです、中学生がこの作品を実感として理解するのは無理がある。この譲治とやら、莫迦なんぢやないの、と侮蔑の言葉を投げかけ、もう谷崎を読むことはしないのであります。
これはまことに不幸なことですよ。読書と年齢は真に重要なテエマと申せませう。

この小説が発表されたのが、1924(大正13)年のこと。現在以上に倫理観のうるさい世相の中、よくぞ世に問ふたものであります。「大阪朝日新聞」に連載されたさうですが、ここでの掲載は途中で中断し、続きは「女性」なる雑誌で完結を見たといふことです。やはり「大阪朝日」では内容が問題視されたのでせうか。

主人公の河合譲治くんは、28歳独身の会社員であります。この人、少し変つた考への持ち主で、まだ世間を知らぬ娘を引き取り、自分好みの女性に仕立て上げ、いづれは妻にしてもよろしいと夢想してゐました。無論その考へは自分の中に封印し、会社でも君子で通つてゐたほどであります。
それが、浅草の「カフエエ」で働いてゐた15歳のナオミ(漢字では「奈緒美」と書くさうな)が気に入り、比較的容易に念願が叶ふのでした。

ナオミとの同居生活が始まるや、彼女の豪奢好みが発覚し、次々と金のかかる要求を譲治君に突き立てます。譲治君は内心反感や疑惑を抱きながら、ナオミを失ふこと怖さに、結局は要求に応じるのです。譲治君の本心を見抜いたナオミはますます要求をエスカレートさせ、譲治君の貯金は瞬く間に底をつき、実家に嘘を吐いてまで金の無心をするほどになります。

それほどまでにナオミは魅力的な女性なのか? それとも譲治君が余程の莫迦か、マゾヒストか。まあいづれの要素も少しずつ有るのでせう。しかしナオミは高橋お伝的な「毒婦」とは違ふやうです。ナオミは飽くまでも受け身であります。ただし、計算高い。譲治君の自分に対する想ひを熟知しそれを徹底的に利用しました。結果的にすべて譲治君の意思によるものとしてしまふのです。あたしは悪くないんだからね。最終的には、譲治君を下僕か奴隷のやうに扱ひ、それでも譲治君はナオミに惚れてゐるとほざくのであります。クーッ、もう好きにし給へ。
ううむ、ある意味高橋お伝よりも悪辣ですな。

かのドナルド・キーン氏に「誰かに聞かれたら、近代文学における最高の大家は谷崎であると敢えて言うだろう」(『日本文学を読む』より)と評されるだけのことはあります。
当時の遊びや風俗、思想の欠片も垣間見える生々しい作品と申せませう。ま、過剰なほどの西洋崇拝ぶりも窺へ、切ない気分になりますがな。

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