源氏川苦心の快楽書肆
古い本を探しては読みふけつてゐます。よければお付き合ひくださいな。
思索の源泉としての鉄道
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思索の源泉としての鉄道

原武史【著】
講談社(講談社現代新書)刊
2014(平成26)年10月発行


講談社のPR誌「本」に長期連載中のコラム「鉄道ひとつばなし」をまとめたものであります。すでに既刊で三冊出てゐますので、本来なら『鉄道ひとつばなし4』となるべきところですが、今回はタイトルが『思索の源泉としての鉄道』となつてゐます。いささか仰仰しい表題ですね。故・森有正氏のエッセイ「思索の源泉としての音楽」から拝借したのださうです。ふうむ。森有正ねえ......ま、いいでせう。

連載当時が、東日本大震災直後にあたる本書。被災地を巡る発言が多くなつてゐます。『震災と鉄道』と被るところもありますが、それだけ深刻かつ重要な問題として、読者は捉へるべきでせう。

第1章の表題がまさに「東日本大震災と鉄道」で、第4章、第7章でも関連する文章が載つてゐます。特に三陸鉄道の奮闘を讃へ、対照的にJR東には批判的な姿勢が目立つのであります。
震災のわづか五日後に、復旧できる区間から運転再開したのみならず、復興列車として運賃無料で走らせた三陸鉄道。一方で、東北新幹線は逸早く復旧させたものの、肝心の被災地を走るローカル線に関しては放置し続けてゐるJR東。赤字路線にはカネを出したくないといふ本音が見え見えですね。

リニア建設を進めるJR海に対しても、どこか懐疑的な筆致の著者であります。トンネルばかりで車窓が見えないとか、その建設費で日韓トンネルが出来るぞとか。
しかしながら、私見ですが日韓直通特急が走つたとしても、時間がかかりすぎるので結局空路に勝てない。やはり三時間台で到達できるところを走らせるべきでせう。

また、「移動そのものを楽しむ列車」も結構ですが、その路線が本来の使命を果たした上で走らせていただきたいですな。ローカル線は、イベント列車ばかりではなく、まづ地元の人が使ひやすいダイヤで運行を望みます。某ローカル私鉄の社長は、無理に地元の人に乗つて貰はなくてもいいと発言し、あの手この手のアイデアで企画列車を走らせてゐます。順番が逆だと思ふのです。
原氏は、例へばJR九の「ななつ星in九州」のやうな列車を評価してゐるやうですが、あれはまあ普通の庶民にとつてはどうでもいい列車であります。そもそもいつまでも水戸岡氏に頼るのはいかがなものかねと思ふのですが、それはまあいいとして、想定した乗客は日中韓の富裕層といふことで、始めからわたくしのやうな貧乏人は相手にされてゐないのだね、と不貞腐れてしまふのです。

最終章の「よみがえる「つばめ」「はと」」は、架空の乗車記。愉快な読み物ですが、東京-大阪間を従前のやうに7時間30分かけて運転するのならば、編成が地味過ぎはしないでせうか。即ち。
その一。「トワイライトエクスプレス」のやうな寝台列車ならともかく、普通座席車に長時間座り続けるのは辛い。最低でもグリーン車クラスが必要。
その二。従つて自由席は不要。豪華列車に自由席はそぐはない。グランクラス級座席車を中心に、一部普通グリーン車。
その三。フリースペースが無いので、ロビーカーを連結する。乗客同士で話が弾めば、長時間乗車も楽しからう。
その四。EF58に牽かせるのなら、10両編成くらゐにしませう。

えー何だか色色といちやもんを付けたみたいですが、本意はさうではありません。「鉄道ひとつばなし」の長年のファンであるがゆゑの甘えと申せませう。特に第2章「天皇・皇后と鉄道」のやうな文章はもつと読みたいものです。このテエマだけで一冊書いていただきたい程であります。講談社には、今後も「本」での連載を続けて貰うふことを願ひ、この辺でご無礼いたします。では。

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