源氏川苦心の快楽書肆
古い本を探しては読みふけつてゐます。よければお付き合ひくださいな。
旅は自由席
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旅は自由席

宮脇俊三【著】
新潮社(新潮文庫)刊
1995(平成7)年3月発行


終着駅は始発駅』『汽車との散歩』に続く、三冊目のエセー集といふことです。
ここで人は突つ込むかも知れません。「エセー集」とは何だ? ちやんと「エッセイ集」と表記しなさいと。
実は、かつて山口瞳氏の作品案内で「エセー集」と言ふ表記を発見したので、いつか真似をしてみたいと勘考してゐたのです。ただそれだけのことなんですがね。

青函連絡船が廃止された時の文章があります。宮脇俊三氏は青函航路に思ひ入れがあり、北海道へ行くなら飛行機で一気に目的地へ到達するのではなく、時間をかけて鉄道と連絡船で行くべしと主張してきました。物書きとして同じ話を繰り返し書くのはよろしくないと自覚しながら、この件については「譲れない」とばかりに、各所で述べてゐます。

遠い所へ行くには、それ相応の時間と手間をかけて行くべきだといふ意見は、もう支持されないのかも知れません。実際、わたくしも会社員になつて以降は、北海道への往路は鉄道利用しますが、復路は時間的制限により航空機を駆使します。ただ、せめてもの抵抗として、千歳からではなく函館空港から乗りますが。あまり抵抗とは申せませんかな。

青函連絡船が廃止された理由はもちろん、青函トンネルが開通し本州と北海道が鉄道で直に結ばれることになつたからであります。鉄道好きとしてはこの上なく慶賀すべきことの筈なのに、この寂寞とした心理状態はどうしたことでありませうか。
連絡船時代は、青森(または函館)に到着すれば、まだ眠つてゐたいのに嫌でも列車から降りざるを得ず、連絡船の一般船室に入り、「今日の津軽海峡は穏やかです」などといふ抒情的なアナウンスを聞きながら『飢餓海峡』に想ひを馳せ、四時間ほどで到着すればまた駅のホームまで我先に走り座席を確保するといつた、どう考へても面倒な行程を経てゐたものです。
現在はうとうと眠つてゐても自動的に津軽海峡を潜つてしまふ。飛躍的に便利になつたといふのに、この喪失感は何なのだらうと不審がるわたくしに、宮脇氏は答へてくれるのです。

函館の名物乞食・万平さんの事を知つたのも本書であります。石川啄木にも詠まれ、地元の人々に愛された矢野万平。万平さんを偲ぶ旅は、歴史に造詣の深い著者ならではのものがあります。何しろ今で言ふ「路上生活者」なので、その生涯については不明の事が多いのが残念ですな。
凡百の鉄道本では、沿線の乞食まで紹介してくれる書物は少なからうと存じます。まつたく、『旅は自由席』ですなあ。

本書で困るのは、読後に旅に出たくなつて禁断症状を発症する事であります。金と暇を作つて、どこかへ行きたい喃......

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