源氏川苦心の快楽書肆
古い本を探しては読みふけつてゐます。よければお付き合ひくださいな。
いやな感じ
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いやな感じ

高見順【著】
文藝春秋(文春文庫)刊
1984(昭和59)年8月発行

かのドナルド・キーン氏は、若い頃胃腸の病気で英国の病院に入院してゐたことがあるさうです。病床のベッドで、ある日本の小説を夢中になつて読んでゐると、日本語は読めないものの直観的に患者に良くない書物だと見抜いた看護師が、そんな本よりこれを読めとしきりに推理小説を薦めたといふことです。以来こつそりと件の小説を読み、看護師が近付く気配がするとそれを隠し、つまらない推理小説を読むふりをしてゐたさうです。(ドナルド・キーン著『日本文学を読む』より)
その日本の小説こそ、高見順『いやな感じ』でありました。なるほど、胃腸病を患ふ人には不向きな小説と申せませう。

さて大谷崎に続いて、没後50年シリーズ第2弾(?)は高見順であります。
ドナルド・キーン氏も夢中になつた『いやな感じ』。主人公は若きテロリストで根つからのアナーキスト、加柴四郎くん。彼の一人称語りで話は進みます。舞台は大正から昭和にかけて、思想的にも不穏分子がうようよとしてゐた時代。
加柴くんは大杉栄の思想に共鳴してゐたが、甘粕事件で大杉は殺害されます。仇を討たんと三月事件を企てますが、これが事前に発覚。実行犯たちは失敗して死刑になるのですが、実は加柴くんはこの事件には参加できず、死に損なひます。その時の無念が彼をニヒリスティックに変へていきました......

作者が「昭和を書く」と意気込んだ作品だけに、まことに迫力がありパワーに満ちてゐます。まるで往年の日活か東映の暗黒街映画を思はせるのです。仲間内の符牒がぽんぽん飛び出し、特に序盤は怒涛の勢ひであります。
東京で人殺しをしてしまつた加柴くん。北海道は根室へ身を隠し、妻と、生まれたばかりの子供と安定した生活に、かういふ生活も良いと思ひ始めます。
しかし加柴くんは仲間に誘はれるがままに、昔の世界へ戻つてゆくのでした。そして凄惨なラスト。まさしく『いやな感じ』の真骨頂であります。

唾棄すべき嫌悪感、といふ程の事もなく、まさしく「いやな感じ」といふ表現がぴつたりの読後感。しかし小説としては真に面白い。心身が健やかな状態の時に読むとよろしからうと存じます。心がやられてゐる時に読んで、更に落ち込んでも責任はとれません。なんてね。

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