源氏川苦心の快楽書肆
古い本を探しては読みふけつてゐます。よければお付き合ひくださいな。
すべては一杯のコーヒーから
無題

すべては一杯のコーヒーから

松田公太【著】
新潮社(新潮文庫)刊
2005(平成17)年4月発行

実は、古本屋で偶然見つけた一冊であります。一杯のコーヒーから。霧島昇さんとミス・コロムビアさんの歌でありましたね。しかしあの歌、何度聴いても「一杯の公費から」と聴こえます。皆から集めた税金は、例へ一杯あつても節約して効果的に使つていただきたいものです。
いや、さういふ話ではありませんね。コーヒーショップ「タリーズ」の創業者の話であります。

「タリーズ」は、わたくしが居住する街にもあり、豊田市駅前の商業ビル「GAZA」に入つてゐます。GAZAにはしばしば訪れ、タリーズにも買物のついでに立ち寄つたりします。わたくしはコーヒーは嫌ひではないが、いはゆる通でもなく、「コーヒーなら○○ぢやないといけません」などといふ薀蓄も皆無であります。だからどこで飲んでも大差無いと思ふのですが、我が連れ合ひは何故かタリーズへ行きたがるので、まあお付き合ひする訳です。

タリーズの本家が誕生したのは米シアトル。あのスターバックスと同じださうであります。日本進出にあたつては、さぞかし力のある有名企業と手を組んだのであらうと思ひきや、まだ二十代の銀行員が個人でタリーズと交渉し、日本で営業する権利を得たのだといふことです。
その熱血漢こそ、本書の著者・松田公太さんでした。
松田氏は友人の結婚式に出席するために来てゐたボストンで、初めて「スペシャルティコーヒー」に出合ひ、目覚めてしまつた。元々起業志向を持つてゐた松田氏は、「タリーズ」の商業者であるトム・オキーフといふ人物に苦労の末何とかコンタクトを取り、日本でタリーズの店を開きたいと直談判するのでした。しかも、ブランドイメエヂを確立するために、立地は「銀座」にこだわつたのであります。

トム・オキーフの承諾を得た松田氏は、大借金をした上で念願の「タリーズコーヒー」一号店を銀座に開店、始めの数か月は赤字であつたさうです。平凡なる経営者ならば、座して死を待つところでせうが、彼はぢつとしてゐませんでした。如何なるマイナス要因も言ひ訳の材料にせず、それを解消するために、あらゆる努力を惜しみません。
かういふ姿を、日本の商店街のおやぢたちに見せてあげたいと思ひました。

話は変りますが、日本の地方都市の商店街はおしなべて瀕死の状態であります。彼らに吹く逆風は、自らの力ではどうにもならないやうにも見える。旅に出たりすると、買物でもして応援しやうかしらんと思ふのですが、いざ店内へ入ると、やる気のない店主がぼーつとレジに座るだけで挨拶もなく、商品棚は荒れ放題でほこりまるけ。そして常連客が来ればお喋りに興じ、自分がいかに不遇を託つてゐるかを切々と訴へる......これでは買ふ気も失せるといふものです。
また別の商店街では、訪問日がちやうど地元のお祭りの日に当たり、これは稼ぎ時かなと思つたら、商店街は軒並みシャッターを下ろし「定休日」の看板が。せつかく集客が見込める日に、定休日はしつかり取る。それで嘆いてゐては、どうしやうもないではありませんか。

それはそれとして。
その後の松田氏の歩みもまことにドラマティックであります。失敗を重ねながらも順調にビジネスを進めますが、好事魔多し、母親の死といふ現実が待つてゐました。この主治医は怪しからん喃。病院名・医師名を公表しちやへと思つたものです。行員時代に弟も病で亡くし、続いて母まで、早過ぎる逝去。
さういふ悲しみを乗り越え、タリーズコーヒージャパンは上場を果たすまでになります(後に上場廃止してゐる)。サクセスストオリイとして、読物としても中中読ませる一冊と申せませう。

本書は10年前に出てゐますので、その後の政界進出についての心境は分かりません。まあ本人のブログや公式サイトを覗けば分かるのでせうが。松田氏の夢の一つといふ「食文化を通じて世界中の国々がお互いを理解し、尊重し、そして一つになる」(本書より)はどうなつたか。やはり食文化を通じては無理だと思つたのか、それとも夢は実現したと判断したのか、またあるいはもつと別の夢がムクムクと頭を擡げてきたのか。
魅力的な人物でも政界進出すると、たちまち色褪せ、表情まで「彼方側の人」になるのは何故でせうか。恐ろしい世界なのでせうね。
余計な事まで述べてしまひました。他意はございません。ではまた。

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