源氏川苦心の快楽書肆
古い本を探しては読みふけつてゐます。よければお付き合ひくださいな。
捜査一課秘録
無題

捜査一課秘録

三沢明彦【著】
新潮社(新潮文庫)刊
2009(平成21)年11月発行

小説やドラマでお馴染みの捜査一課。周知の如く、殺しや強盗なんかの凶悪犯罪を担当する部署であります。おそぎやあてかんわ。
著者の三沢明彦氏は、その捜査一課を長年担当した読売新聞社の記者といふことです。なるほど、一課の刑事さんたちとの距離感が近いので、当事者しか知らない秘話もさぞかし多いのでせう。
一方で、かういふ立場の人は、対象に近すぎて情が移り、目の曇りから客観的な視点を忘れる恐れもございます。さて本書はどうでせうか。

二部構成になつてゐまして、第一部は「凶悪犯逮捕の舞台裏」と題して、四件の禍禍しい事件を取り上げてゐます。即ち「有楽町三億円強奪事件」「中村橋派出所警官刺殺事件」「宮﨑勤事件」「富士写真フイルム専務殺人事件」
中でも宮﨑勤事件は、現在でも語り草になるほどのイムパクトを我々に与へました。事件以後、ビデオを大量に所持する人は、ふざけ半分ですが「危ない人物」呼ばはりされたものです。
事件としては解決したが、一課の敏腕をもつてしても、結局彼の心を開くことはできなかつた無念さがひしひしと伝はります。しかし、取り調べにおいて、実際に「オトシの○○さん」なんて呼ばれる人はゐるのですね。

第二部は「オウムとの死闘」。1995年。阪神淡路大震災が発生し、地下鉄サリン事件をはじめとするオウム真理教による事件の数々が勃発したのであります。ある古老が「戦後でこんなに酷い年はなかつた」と嘆いてゐたのが印象的でした。
オウム事件については夥しい数の書物が出てゐますので、事件の全容を俯瞰したい方には、しかるべき本に当つていただくとして、本書ではひたすら捜査一課からの視点で描かれてゐます。

テレビドラマでは、熱血刑事が靴底を減らしながら、粘り強く尾行・張込みをし、時には命を襲はれかけ、それでも事件解決のためには危険を顧みることなくコツコツと証拠を固めてゆく。さういふ姿はフィクションの世界かと思つてゐたら、大多数の刑事さんはむしろそれ以上に泥にまみれ、事件と向き合つてゐるのですな。
サリン事件でも、職場放棄になるからと、危険を承知で現場に留まる警官の話などを聞くと、やはり日本の警察官の多くは使命感を持つてゐることがわかります。

本多猪四郎監督の怪獣映画では、逃げ惑ふ住民たちを誘導する警官の姿がよく登場します。本多監督の盟友・黒澤明が「あれはをかしいよ、警官だつて真先に逃げるはずさ」と茶化したのに対し、本多監督は「いや、警察はああぢやなければいけないのだ」と反論したさうです。本多監督ファンのわたくしでさへ、「それは理想論に過ぎるよ」とその時は思ひましたが、実際に怪獣が出たら、意外と映画通りに行動する警官が多いのではと、本書を読んだ後では考へが変りました。

美談ばかりが強調されてゐると鼻白む向きもおありでせうが、著者の立ち位置ではある程度仕方ありますまい。それよりも、事件の経過を述べる時は、極力時系列にしていただきたいものです。ただでさへ登場人物が多くて、読者としては相関関係を捉へるのに難儀するのに、意図的でせうが話が前後しすぎて、ちよつと疲れます。
まあ注文を付けるとしたら、そんなところでせうか。

デハ今日はこんなところで。


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