源氏川苦心の快楽書肆
古い本を探しては読みふけつてゐます。よければお付き合ひくださいな。
夢の山岳鉄道
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夢の山岳鉄道

宮脇俊三【著】
新潮社(新潮文庫)刊
1995(平成7)年9月発行

上高地に思ひ入れの深い宮脇俊三氏は、同地がクルマに荒らされるのを嫌ひ、観光客の移動手段として新たに山岳鉄道を敷設しませうと提案しました。
本書によると、必ずしも宮脇氏の夢物語ではなく、地元の自治体でも検討してゐる話だとか。大阪のM組なる建設会社が計画を立てたさうで、結構具体的な案まで作られてゐます。ただ、本書の刊行から20年以上経つ現在でも現実味を帯びてきませんので、この話は立ち消えになつてしまつたのでせうか。鉄道なんぞを作つて、これ以上荒らすなと誤解する人も多いさうです。
宮脇氏の隣人だつた北杜夫氏も同様で、本書には以下のやり取りが紹介されてゐます。

その北さんに、先日、
「上高地への鉄道をつくれという提案をしようと思っているのですよ」
と言った。
「鉄道なんぞつくったら、ますます上高地が荒らされてしまうじゃないですか」
と北さんは答えた。
「いや、その逆なんです。上高地の自然を守るためにクルマを締め出そうという......」
しかし北さんは私の説明を聞こうとせず、
「むかしの上高地はよかったですよ」
と言ってから私に酒をすすめた。話はおしまいになった。

現在でもマイカーは規制されて、バスかタクシーぢやないと入れないやうですが、これはまことに消極的な施策であります。バスに乗つてゐる間は、景色は良いでせうが基本的に「移動時間」として認識されます。しかし山岳鉄道ならば、それ自体が観光の目玉と成り得るのであります。

この「上高地鉄道」の原稿は、実は依頼された仕事ではなく、宮脇氏がJTBに自ら申し出た一文なのださうです。幸ひ反響を呼び、同様の趣旨で全国に架空山岳鉄道を敷設せよ、といふ連載の注文が改めて入り、それを一冊にまとめたのが本書といふ訳です。
「富士山鉄道・五合目線」「屋久島自然林保存鉄道」「菅平鉄道・根子岳ラック線」「立山砂防工事専用軌道」......いづれも実に興味深く、実現すれば間違ひなく話題になりさうです。番外篇として、イギリス・スイス・イタリアまで足を延ばし、山岳鉄道の先進地を見学してゐます。良いなあ。

宮脇氏の方針は、「○○スカイライン」などの自動車専用道を廃し、その跡地に鉄道を敷設するといふもの。新たに山を削ることは厳禁であります。単線鉄道ならば道路の約半分の幅で済むので、余つた半分は自然に還し、木を植ゑる。環境に配慮し、電化して「電車」を走らせる。
そもそも山でも海岸でも、自動車専用道が出来た後といふのは、あからさまに美観を損ねます。宮脇氏は、はつきり「醜悪だ」と酷評します。それが単線鉄道だと、自然と景観に溶け込み、写真を撮つたり、スケッチをしたくなるのであります。

宮脇氏は「建設予定地」へ趣き、現地を取材した上で、ここに駐車場を作つて乗り換へてもらふとか、狭くて独特の形のトンネルを活かすためにここだけは電車でなく気動車にしませうとか、この勾配はラックレールを使用するとか、トンネル断面が狭く窓から顔を出すと危険だから固定窓の電車にすべきとか、大真面目に考へてゐます。同行の編集者には本気にされず笑はれたさうですが、かかる仕儀を「児戯に類するもの」として嗤ふ人には理解できない世界でせうね。寂しいけれど。



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