源氏川苦心の快楽書肆
古い本を探しては読みふけつてゐます。よければお付き合ひくださいな。
13日間で「名文」を書けるようになる方法
無題

13日間で「名文」を書けるようになる方法

高橋源一郎【著】
朝日新聞出版(朝日文庫)刊
2012(平成24)年4月発行

高橋源一郎さんは、実は明治学院大学の教授といふ肩書もありまして、本書は同大学での講義を纏めたものであります。
講義のタイトルは「言語表現法講義」。書籍化の際もこの表題で良かつたのに、何だか安直なハウツーものみたいな書名になつてしまひました。しかも看板に偽りあり。著者は学生たちに、決して「名文」を書かせやうとはしてゐません。

今さらですが、そもそも「名文」とは何か。高橋教授は、自分にも分からないと白状します。誰でもが認める「名文オブ名文」みたいなものは、存在しないのぢやないかと。Aが名文だと感じる文章を、Bは箸にも棒にも掛からぬ駄文だと斬り捨てることもあり得る。
と同時に、誰か一人でも「すげえ!」と感じるなら、それは名文ではないかとも。
とにかく破天荒な先生であります。初日の講義はプロローグみたいなものですが、そのタイトルは以下の通り。

「「名文」を書けるようになるための準備、それから
「卑劣な男は叱りつけてやりなさい」というような素敵な文章を
読んだ後は、とりあえず窓の外を眺めてみる、ということ」


何のことかは、まあ読んでみてくだされ。
そして高橋先生は、毎回作文の宿題を出します。そのお題は「自己紹介」「ラヴレター」「憲法」「自分以外の誰かになって文章を書く」「演説」「詩」......制約は一切なし。自由に書かせます。その成果は、次回の講義時に発表し、参加者の意見を求める。
提出された作文に対しては、全く手を加へません。添削先生ではないのであります。他の学生が頓珍漢な感想を述べても、否定的な言辞を弄さず、全てを肯定する授業。

一口に文章を書くと言つても、その行為の背景には、自分と他者(社会)との関係が否応なしに浮び上ります。言ふなれば、高橋先生はその関係について学生たちと一緒に考へやう、といふ姿勢に見えます。
この講義を受けたからと言つて、学生たちの文章力が忽ち上達するといふことはないかもしれません。しかし今後何かしらの文章を書く時に、「自分の文章」をきつと意識して書くやうになるでせうね。音読することで自分の文章を突き放して客観的に感じることが出来、常に読者(誰に読んで貰ふのか)を意識する。それだけでも十分に意義のあることではありますまいか。何より高橋先生の名調子に身を委ねるだけで、心地良く夜も寝られさうですよ。

といふことで、わたくしの雑で手前勝手な文章を終ります。では。



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