源氏川苦心の快楽書肆
古い本を探しては読みふけつてゐます。よければお付き合ひくださいな。
充たされた生活
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充たされた生活

石川達三【著】
新潮社(新潮文庫)刊
1980(昭和55)年5月発行

今年は石川達三氏の生誕110年、同時に没後30年といふ節目の年であります。『四十八歳の抵抗』の項でも触れましたが、純文学系の作家としては多作で、各出版社から話題作を連発し、映画化された作品も少なくありません。第一回の芥川賞受賞者でもあります。
戦後の代表作たる『青春の蹉跌』を我が家の書棚から探しましたが、ちよつと見つからず、ここでは『充たされた生活』を急遽送り出す次第であります。

主人公朝倉じゅん子は、夫の吉岡弦一に愛想を尽かし、離婚します。この吉岡なる男はいい年になつても、夢ばかり語り、現実を見ない。別れを告げられても案外あつさりと引き下つてしまふ。じゅん子は離婚後、生活の為に、独身時代に所属してゐた劇団「白鳥座」へ復帰します。新劇女優としての再スタアト。この復帰に力を貸してくれたのが、劇作家・演出家の石黒市太郎。
石黒は一見豪快で口も悪く、傍若無人な外見を見せますが、実際にはその逆で、まことに繊細な人物。故に女性たちからの人気も絶大であります。しかし二度の離婚歴があります。

白鳥座の役者・宇田貞吉は妻と死別。子供とも別れ、完全に独り身となつてゐます。彼は地味だが誠実で、じゅん子に好意を抱いてゐます。
じゅん子の行動基準は、「その結果、心は充たされるか」のやうです。充実した生を求め、色色遠回りもします。石黒・宇田の両者から求婚されますが......果たして充たされた生活にたどり着けるのでせうか。

アパートの隣家には学生の辛島君がゐて、じゅん子と何かと接点を持ちたがります。若干女性的で、まだ子供つぽいところが残り、じゅん子は適当にあしらつてゐます。しかし少し優しくすると直ぐに付け上がるところがあり、男としての危険性も排除出来ません。この辛島君は学生運動に明け暮れ、安保闘争に熱中してゐます。この闘争を通じて、辛島君は男らしい青年に成長し、充実した生を得たかに見えます。

他に女性陣としては、森下けい子や里村春美が、妻子ある男性との不倫を通じて充たされた生活を求めますが、結局は社会の制裁を受ける形になります。
田辺元子は白鳥座を代表する大女優。その座を維持するために、結婚も子供も諦めたやうな感じです。彼女は、それなりに充たされた生活をしてゐるやうに見えますが......

要するに、充たされた生活とは何か。それを発見することなのだ。充足の条件は、男と女とでは違うかも知れない。性格により、立場により、教養の差によって、充足の条件は一つではあるまい。しかし基本的な条件は、さほど多種多様ではないと思う。つまるところ、(私は何によって充たされるか。)それを見出すこと。そしてその為に準備すること。(本文より)

「充たされた生活」を巡つて、多くの男女が苦悩し、呻吟するドラマであります。小説として、まことに纏まりがあり、構成がガッチリしてゐますので、読物としても愉しめる一作であります。
尚、本作は有馬稲子さん主演で、映画化されました。



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