源氏川苦心の快楽書肆
古い本を探しては読みふけつてゐます。よければお付き合ひくださいな。
チェルノブイリ診療記
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新版 チェルノブイリ診療記 福島原発事故への黙示

菅谷昭【著】
新潮社(新潮文庫)刊
2011(平成23)年7月発行

2011年、福島第一原子力発電所の衝撃的な事故が発生した時、対句のやうに語られたのが、その丁度25年前に起きた「チェルノブイリ」の事故。
いくつかの出版物も復刊されたのですが、かういふ便乗商法は嫌だなあと、手に取ることはありませんでした。しかしなぜか本書は家に有りまして、例外的に一気に読んだ一冊であります。

著者の菅谷昭氏は、チェルノブイリ事故が起きた当時、信州大学に籍を置く外科医でした。氏は、何故だかはつきりしないが、自分は外科医として本来の道筋から外れ、あらぬ方向へ進んでゐるのではと考へてゐたさうです。これをいかに修正し、自分は何をすることによつて満たされた生に浸れるのかを、多分悶悶としながら模索してゐたのでせう。
そこへ、チェルノブイリの事故が起きます。氏は、放射能汚染による健康障害について思ひを馳せました。「この事故は今後おそらく甲状腺障害の著しい増加をもたらすだろう」(P35)と。そしてそれは氏の専門分野であります。
自分の専門知識が役立つかも知れぬと考へた時、もう氏はチェルノブイリの救援活動に参加せんと決意してゐたのでした。悶悶としてゐた自分に、「これだ!」と託宣でも受けたやうに感じたのでせうか。

ウクライナの隣国ベラルーシで数回にわたる検診の後、遂に氏は現地での滞在を決意します。約25年間勤めた信州大学を後にし、極寒のベラルーシの首都・ミンスクへ。
原発事故発生の事実がしばらく隠蔽されてゐたため、汚染地域の人々は普段と何ら変らぬ生活を続けてしまつた。結果、甲状腺がんを発病した子供たちが続出したと。
一番の犠牲になつたのは、やはり弱い立場の子供たち。手術を前に気丈に涙を堪へる子、恐怖から泣き出す子、親から離れやうとしない子......しかも不十分な施設での手術。日本でならば一度で済んでしまふ手術が、ここでは二度三度とくり返される。いっそう子供たちの身体への負担は大きく伸しかかるのであります。

ベラルーシでの医療現場の実態は充実したものとは言へず、衛生上も問題があり、医療器具についても切れないメスや鋏を無理やり使つてゐました。日本ならば、とつくに捨てられる道具類であります。
看護師たちスタッフの待遇も悪いので、ほとんどが他でアルバイトなんかをして、医療に専念できる状態ではないと。時間が来たら即帰るので、緊急の手術なんかは出来ませんな。病院側の都合で、突如手術を中止することもあるさうです。すべては予算がないためだからとか。
ところがその一方で、国立のバレエやオペラの劇場は贅を尽くした作りで、まことに金をかけてゐるのを見て、菅谷氏は憤りを感じてゐます。文化芸術を重視するお国柄なのか、経済不況に喘いでゐる国の施設とは思へなかつたとか。

五年半に亘るミンスク滞在を終へて、2001年に著者は日本に帰国します。本書はあくまでも外科医としての視点から医療現場を語つてゐますが、控へ目ながら日本の原発政策についても提言がなされてゐます。本人が言うふやうに、本当にすぐにでも取りかかれることばかりなのですが、政府はお金にならないことはしませんからね。財界が喜ばないことはしないのです。
それはそれとして、現地での医療チームとの交流や患者との触れ合ひ、非番時の街巡りなど、ほつとする話題の記述もありまして、深刻一辺倒の書物ではありません。万人向けの一冊と申せませう。

なほ、著者は現在、長野県松本市の市長(三期目)を勤めてゐるさうです。

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