源氏川苦心の快楽書肆
古い本を探しては読みふけつてゐます。よければお付き合ひくださいな。
タクシー狂躁曲
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タクシー狂躁曲

梁石日【著】
筑摩書房(ちくま文庫)刊
1987(昭和62)年9月発行

昨年8月5日の「タクシーの日」に、梁石日氏の『タクシードライバー日誌』を取り上げましたが、今年もまた同氏の『タクシー狂躁曲』の登場であります。
前者が梁石日氏の実体験をもとに、タクシー界の内幕を描いたノンフィクションであるのに対し、後者(こちらの方が古いのですが)は創作(小説)である点が違ひと申せませう。否、創作であつて欲しいなあ。と考へる程のアウトローぶりなのです。
なほ、本作は『月はどっちに出ている』のタイトルで映画化されてゐます(崔洋一監督)。

七篇の短篇から成る連作集であります。
まづ「迷走」。(多分大手会社ではない)都内タクシーの運転手の一日が綴られてゐます。出勤風景からして深刻かつユウモラス。渋滞に巻き込まれた挙句遅刻をしたため、配車が無い。そこへ体調不良の運転手が早退したため、運よく彼の車に乗れることになり、遅れた分を取り戻さんと、あの手この手......そしてへとへとになつて帰社すると、何と突然の解雇が待つてゐた......

次の「新宿にて」。友人の漢成亨と新宿にて飲んでゐると、ある事件をきつかけに日本のチンピラ学生たちとイザコザが起こり、警察に連行されてしまひます。学生はすぐに解放されたのですが、こちら朝鮮人二人に対しては、警察はあからさまな差別を示すのでした。これに反抗した漢成亨は、驚愕の行動に出ます。

共同生活」では、「ぼく」が細川なる友人の家に転がり込みます。居候の筈の「ぼく」が、たかられつ放しなのが面白い。細川は、「ぼく」が朝鮮人であることを知り、その後「ぼく」への態度に変化を見せます。

祭祀(チエサ)」といふ作品では、在日の一族の法事を通じて、朝鮮人の本質に迫る意欲作とお見受けしました。

続く「運河」は、従兄からの電報で十年ぶりに大阪へ帰るところから始まります。大阪では、酒乱で日常的な暴力を振つてゐた父親がまだ住んでゐます。その横暴ぶりに、母親をはじめ家族はリアルに生命の危険を感じるほどでした。再会は出来れば避けたいのであります。はたして従兄の要件とは何か? 父親とすれ違ふラストシーンの緊迫感と言つたらなかつたですね。

そして「クレージーホースⅠ」。運転手の口を探していた「ぼく」は、組合「新差別」(すごい名称だ)でタクシー会社を紹介してもらひます。ところがとんでもない会社で、管理職からして勤務中に堂々とギャンブルに興じ、車は空中分解寸前のポンコツ、日報も出納帳もない超どんぶり勘定......そこで知り合つた「伊藤」なる男がゐて、偶然にも彼は小学生時代の同級生でした。ところが......

最後は「クレージーホースⅡ」。タクシー会社の同僚で、極道の紺野といふ男がゐます。所長も敬語で対応するほど、怖がられてゐます。仮出所中なので、偽装の為にタクシー運転手をしてゐるのでした。
整備不良の車で危うく命を落とすところだつた新井は、整備担当の老人を袋叩きにします。老人は自分で始末をつけると意味深な発言。その後、倒産目前の会社に火災が発生......もう何でもありのクレージーワールドであります。

梁石日氏の作品には、必ず「在日」といふテエマが付き纏ひます。同時に、大阪生まれで大阪育ちの彼は日本人以上に日本を知る一人でもあります。差別をする日本人を非難するでもなく、実に覚めた目で社会から食み出た人物たちを描き切ります。その愚かしさ、強かさ、可笑しさが読者を圧倒するのでした。


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