源氏川苦心の快楽書肆
古い本を探しては読みふけつてゐます。よければお付き合ひくださいな。
井上成美
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井上成美

阿川弘之【著】
新潮社(新潮文庫)刊
1992(平成4)年7月発行

「最後の海軍大将」井上成美がこの世を去つて、今年で丁度40年になるな......と思ひ、本書『井上成美』を書棚から引張り出してゐたら、著者の阿川弘之氏の死去を伝へるニュウスが飛び込んできました。94歳。「文士」と呼ぶに相応しい人がまた一人ゐなくなつてしまひました。
ところで報道では、阿川氏を「第三の新人」の仲間扱ひしてゐる記事も散見されますが、さうなのですか? ま、いいけど。

海軍省リベラル派三人衆(左派トリオとも)と言へば、米内光政、山本五十六、そして井上成美。作中でも、しばしば「米内山本井上」とひとまとめにして記述してをります。阿川氏はこの三人それぞれの評伝小説を世に残しました。
米内光政は海軍大臣等を経て、内閣総理大臣にまでなつた人物。山本五十六は真珠湾攻撃で名を挙げ、その後戦死し半ば神格化されてしまつた人。

比べて、井上成美は軍人としては「いくさの下手な人」との評が付き纏ひ、ガチガチの堅物と呼ばれ、自分の信念を曲げず、如何なる相手でも理の通らぬ事は痛烈批判し、従つて周囲に敵が多く、肉親さへ彼を敬ひ遠ざけるほどの偏屈な人といはれ、小説や映画の主人公にはなりにくいと思はれます。
しかるに本書を一読しますと、阿川氏は上記三人の中で、最も思ひ入れが強いのは井上成美ではないかと、わたくしなぞは推測するのであります。数多くの人物に取材し貴重な証言を得、膨大な分量の文献に当り、なるべく私見を挟まずに記述することにより、逆に読者に著者の思惑が伝はる作品になつてゐます。

日米開戦には元元反対だつた、米内山本井上のトリオ。米国の実力を知る三名は、あんな国と戦争をして勝てる訳が無いと見抜いてゐましたが、陸軍はヒトラーのドイツ、ムッソリーニのイタリアと同盟を結べば(もちろんこのトリオは、三国同盟には真向から猛反対してゐました)、英米なにするものぞと意気軒昂であり、世論もそれに傾き、海軍内にも「山本腰抜論」が跋扈したとか。
結局山本が米国攻撃の指揮を取り、序盤は花花しい戦果をあげますが、案の定二年もたず戦況は暗転します。そして山本は戦死......
結局、終戦工作(和平交渉)を、米内海相、井上次官のコンビですすめるのですが、時遅く広島と長崎に「新型爆弾」が落とされ、ポツダム宣言を受諾することになりました。

井上は戦後、表舞台から身を引きます。横須賀市長井の自宅にて、子供相手に英語塾なぞを開いて教へてゐたさうです。子供たちは厳しく躾けられたが、この塾に通うことを楽しみにしてゐたとの証言もあります。井上先生は中中の人気者だつたとか。
海軍兵学校の校長をしてゐたこともあり、教育には大いに熱心で関心が高かつた。海兵学校では、敵性語として各所で禁止された英語教育を、頑として廃止しなかつた信念の人であります。
井上は軍人としては中途半端なキャリアだつたかも知れませんが、本人も発言してゐたやうに、本質は教育者だつたのでせう。平和な時代に、彼が教育者として名を残せたら、どんな実績を作つただらうかと妄想してしまふのです。

晩年は、必ずしも恵まれたものではなく、その原因も自らの狷介さ(よく言へば潔癖で、自分に厳しいとも申せますが)が招いたものなので、読者としては歯痒い思ひであります。
色色な立場によつて、その評価が大いに分かれる井上成美。評伝は各種出てゐますが、阿川氏追悼の意も込めて、まづは本書をお薦めします。じわじわと感動が広がつてくる、骨太の一冊であります。


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