源氏川苦心の快楽書肆
古い本を探しては読みふけつてゐます。よければお付き合ひくださいな。
電車屋赤城
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電車屋赤城

山田深夜【著】
角川書店(角川文庫)刊
2011(平成23)年8月発行

以前から気になつてゐた一冊であります。しかも著者名が山田深夜。只者ではない雰囲気がぷんぷん漂つてまゐります。深夜とは意味深だ。かつてのアイドルも「あいざき深夜」とでもすれば、芸能界でもつと長生きできたかもしれません。そんなことはないか。
著者近影を拝見しますと、その独特な風貌から、いかなるアウトローな小説であらうかと身構へますが、これが予想以上に骨太の、読み応へがある作品でした。

舞台は、都心と神奈川県の各都市を連絡する「神奈川電鉄」(神奈電」)と、その下請けたる零細企業・「エース工業」。
本文から引用しますと、「神奈電の路線は、多摩川べりから三浦半島に垂らした釣り糸のような形をしていた」。ははあ、これは京浜急行だな、と地元の人やテツなら分かるやうになつてゐます。
タイトルになつてゐる「赤城」は、下請けのエース工業に勤める技術屋。口数少なく、人と交はることもなく、ゆゑに誤解を受けやすく、それでも言ひ訳のひとつもせず、黙々と神奈電の車両を整備する。背中で表現するタイプですな。何とミュージシャンとしての顔も持つのです。過去に色色ありさうですが、周囲の人間も詳細は分かりません。

神奈電では、長らく活躍した1000形電車といふのがありますが、機器類も古く整備にも手間がかかり、職人的技術(つまり、赤城のやうな人物)が必要なため、順次廃車を進めてゐます。替つて3000形なる新型電車の導入が進み、こちらは「シャーシも足まわりも、制御装置も、違う。3000形はすべての技術が最新だ。」(赤城の話より)なのださうです。VVVF。つまりすべての車両が3000形に置き換れば、赤城は無用の人物になつてしまふ......
実は元元赤城は神奈電本体の社員だつたのですが、些細な事件を起こした際に、やつかい者扱ひしてきた一派の陰謀(?)で懲戒解雇されてしまつたのです。どうせ1000形が無くなれば無用の人物だ、お払ひ箱にする良い機会ぢやないか......

その後赤城は消息を絶ちますが、エース工業の社長をはじめとする仲間たちが必死に探し、漸く探し当てます。そこで、どうした風の吹き回しか、赤城を解雇した神奈電が、下請けのエースで雇ふやうに依頼(実態は命令)します。何故か。
実は1000形から3000形への置き換へが予定よりも大幅に遅れてゐて、しばらくは1000形を扱へる技術者が欲しい。だから赤城をエースで雇ひ神奈電で仕事させ、いづれ1000形が完全に廃車になれば、赤城を再度解雇せよ、とのまことに身勝手な指示が出てゐたのです。
その条件を赤城は受け入れ、1000形の最後の一編成まで、自分が看取らうとするのでした......

全7章構成で、各章で赤城を取り巻く人物たちのサイドストーリーが展開されます。これがまたいい。泣かせるのです。
四年間の引き籠りからあがくやうに脱出する青年・田宮純一。その伯父でエース工業の社長である、石田三郎。神奈電で赤城と名コンビぶりを見せた佐島信夫。エース工業の面々が訪れる小料理屋「牡丹」の女将・小川恵。漁師出身で神奈電に転身した熱い男・原口辰夫。知られざる過去を持つた、神奈電の鼻つまみ社員・加藤航児。神奈電の運転士から工場へ自ら転身してきた、赤城の追つかけ女・ユカリ......
それぞれの人生が、重く、熱いのであります。一人につき一冊の重厚な長篇小説が出来さうなほど、赤城を巡る人物の造形がしつかりしてゐます。濃厚。サアヴィス過多だよ、山田深夜さん。とでも言ひたくなります。

本作をお薦めしたらば、10人のうち、多分8人くらゐは満足してくれるのでは(これはスゴイ率ですよ)。小説を読む悦び、愉しさといふものを改めて味ははさせてくれる、そんな一冊と申せませう。



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