源氏川苦心の快楽書肆
古い本を探しては読みふけつてゐます。よければお付き合ひくださいな。
不動心
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不動心 精神的スタミナをつくる本
尾関宗園【著】
徳間書店(トクマブックス)刊
1972(昭和47)年11月発行

お寺の住職さんの話を聞くのが好きなのであります。住持になるためには、話術の訓練もするのだらうか、と思はせるほど話が上手いのですね。声も大きく張りが有つて、ユウモワ巧みに、卑近な例を挙げて親しみを示す。
尾関宗園師ももちろんその一人で、その昔はテレビにもしばしば出演してゐたほどであります。覚えて御出でですかな。京都・大徳寺大仙院の名物和尚として人気者でございます。
奈良出身で、高校時代に仏門に入り、33歳にして早くも大仙院の住職を任された人。著書も多く、この『不動心』はその一冊といふわけです。

そもそも不動心とは何か。いかなる困難な事態に遭遇しても動じない、強い心の事でせうか? 自らを常に制動でき、苦しまず、恐れず、悲しまず、怒らず、嘆かず冷静に判断ができる心ですかな。うむ、そんなところだらう。
ところが、宗園師に言はせると、さういふ要素は「不動心」ではないさうです。へえ、をかしいですな。

宗園師は語ります。

私の「不動心」とは、まず、自分の足もとをしっかり見すえることである。そこからなにかを発見することだ。とくべつの修行はいらない。ありもしないものを求めるのでもない。ありもしないもの=「幽霊」を追い払うための「生き方」を示したのが、この本である。(「まえがき」より)


かう言はれると、何やら末香臭い内容ぢやないのか、どうも苦手だなあと仰る向きもおありでせう。しかし心配ご無用。
まるで読者の眼前で実際に講話してゐるかのやうに、具体例を挙げながら方向を示す。しかし方法は示しません。
例へば「争いは避けない」。売られた喧嘩は買へといふのです。争ひを回避したところで、それは何の解決策にもならない。とことん争へと。

人と人が争うのは、いいとかわるいとかの問題ではない。現実にそういう争いがあるということを、真正面から直視することだ。自分がその渦の中にあって、そこからなにを感じとったか、どういう人間の姿を見たか。それがだいじなのだ。(62ページ)


「いま、この世でとことん生き抜く」これが不動心なのか。恥の上に立ち、苦に親しみ、愚に徹し、動に動じない。悩むのは中途半端に生きてゐるからだ。全力で、その場で生ききれば解決策は必ず有ると勇気づけてくれます。

それから、印象的だつたのが「脊梁骨」の話。脊梁骨とは、「背骨の末端、つまり尻の骨である。長さ五、六センチほどの、何の変哲もない骨だ(54ページ)」さうです。ところがこの骨がピンと立つてゐるかぎり、人間には生命力があふれてゐるのだとか。重量挙げの選手がバーベルを持ち挙げるのも、火事場の馬鹿力で夢中でタンスを背負ふのも、ご飯を食べるのも本を読むのもこの脊梁骨がデンと構へてゐてくれるから可能であると。
そもそも座禅を組むのは、この脊梁骨の存在を知らしめ、あらゆる仕事をさせやうといふことだと、宗園師は語ります。さう言はれると、常に背筋をシャキッとして生活せねば、と思ひますよね。大体世間の人は猫背が多いらしい。

結局、不動心は、直面する問題に真向から取り組み、真剣に最善の道を考へ実行することから生れるのでせう。その結果、世間の常識とずれてしまつても仕方がない。宗園師は、将棋の中原誠名人の例を挙げてゐますが、だいたい大きな仕事をやつてのける人は、それまでの常識とは相容れないことをしてゐます。意表を突く発想とはそんなものではないか。

不動心は、何ものにも心を動かさない、ということではない。うれしいときには天まで昇る気持ちになり、悲しいときには身をよじって悲しむ。そのときその場でいっぱい、いっぱいに生きる。そのことが不動心なのだ。(232ページ)


人によつては、「でやんでい、そんな曖昧な話で結論付けるのか、もつと具体的にどうすれば良いのか教へやがれ」と毒づくかも知れません。しかし本書はハウツウ本ではないので仕方ありませんな。「どうすれば良いのか」ではなく、「どう生きれば良いのか」のヒントの一端を示してゐるに過ぎません。あとは読者がどう反応するかにかかつてゐます。
凡人のわたくしとしては、まづは「脊梁骨」を意識して、五体満足を感謝しながら過ごしていかうかなと。

ぢやあ、また。



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