源氏川苦心の快楽書肆
古い本を探しては読みふけつてゐます。よければお付き合ひくださいな。
筑紫哲也のこの「くに」の冒険
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筑紫哲也のこの「くに」の冒険

筑紫哲也【著】
日本経済新聞社刊
1996(平成8)年7月発行

本当にこの「くに」は、一体何処へ向かつて行くのだらう。
能天気なわたくしでも、さいうふことを考へずにはゐられない問題が次から次へと起こります。
否、起こしてゐるのは他ならぬわたくしたちなのですがね、どうも他人事のやうに受け取り、問題の解決も「誰かがやつてくれるだらう」と、一部の人に丸投げをしてはゐないでせうか。無論、わたくしも含めて。

こんな世相を、あの人ならどう見るだらうか、と思はずにはゐられないのが、『筑紫哲也のこの「くに」の冒険』の著者、故筑紫哲也氏であります。
本書の前半は、筑紫氏が「TBSは今日死んだに等しい」との衝撃的なコメントをTBS「NEWS23」の中で発言した、あの「TBS問題」を中心に構成されてゐます。オウム真理教の幹部に、坂本弁護士のインタビューを見せてゐたといふ問題です。
信頼を回復するために、すべてを公にするべきといふ筑紫氏の助言は無視され、TBSは徹底的に隠蔽する愚策に出ました。首脳部の見通しの甘さを露呈した形になつたのです。前回の『隠蔽捜査』を地で行く事例でした。

筑紫氏によると、本書は「冒険のすすめ」であると言ひます。ここで言ふ「冒険」とは、「あるべき目標について絶大な自信があって、それを実現するためには危険も覚悟するという態度を前提とする(本書35頁)」ものであります。我が国にとつては、全く苦手な分野であると申せませう。
自信がないなら、そんな危ないことはやめとけ、と言ひたいところですが、著者も指摘する如く、普段「冒険」を好まない社会は、何かのきつかけでいざ不満が爆発すると、とてつもなく「暴走」する傾向があると。そして「暴走」を生み出す最大の要因は「不安」であると喝破します。

その「不安」の正体を、筑紫氏はまあ色々と指摘する訳ですが、とどのつまり「経済という単一尺度のみに収斂して生きてきて、その得意技が行き詰まると他に依拠するアイデンティティーを見つけられないからであろう(44頁)」と、経済優先の価値観に疑問を呈してゐます。
確かに経済は重要な指標でありますが、それは人々が幸福になるための一手段であり、それ自体が目的ではない。筑紫氏は、手段に過ぎないものを最大の目的としたところに戦後日本の歪みがあつたのではないかと述べてゐるのです。まさに現在、経済を最大の目的としてゐる、どこかの国のお坊ちやん宰相に聞かせたい話ではあります。

筑紫氏は、何よりもわたくしたちが、「市民(シチズン)」たり得るかが鍵になると言ひます。「市民」とは、ただ自然になれるものではなく、それに相応しい「資格」が必要とされるのださうな。それを以下のやうに述べてゐます。

その資格のなかでも大事なのはまず「参加」することであり、その結果が必ずしも自分にとって満足できないものであっても、参加の義務を放棄しないことである。「観客民主主義」と呼ばれるような形の中で観客に徹し、気が向いた時に加わって見ては失望、幻滅、不信に陥ったからと易々とそこから退場したり、逆に「お上」がそうだと言うのだからそうだろうと他者に判断を委ねてしまう者を「市民」とは呼ばない。

うむ、中中辛辣ですが、全く反論出来ない自分がゐます。かうしてみると、改めて「ああ、筑紫氏は逝くのが早過ぎた。今こそ必要とされる時代はあるまいに」と、やはり他人頼みのわたくしは溜息が出るのでした。

ちよつと深刻な筆致となつてしまひました。わたくしの柄ではないのに、大いに反省するところであります。
では晩安大家。



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