源氏川苦心の快楽書肆
古い本を探しては読みふけつてゐます。よければお付き合ひくださいな。
桶川ストーカー殺人事件
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桶川ストーカー殺人事件-遺言

清水潔【著】
新潮社(新潮文庫)刊
2004(平成16)年6月発行

桶川ストーカー殺人事件」については、新潮文庫カヴァーに概説がありますので、引用してみます。

1999年10月26日白昼、埼玉県のJR桶川駅前で21歳の女子大生猪野詩織さんが何者かに刺殺された。執拗なストーカー行為を受け、それを警察に訴えていたにもかかわらず起こった悲劇だった。捜査は難航、迷宮入りかとも言われたが、ひとりの記者が警察に先んじて犯人を特定、犯人逮捕へと導いた。その後、この記者による記事から埼玉県警の不祥事が発覚、全国的な警察批判が高まった。

この事件、皆さん覚えておいででせうかね。上記の「ひとりの記者」が、本書の著者、清水潔氏であります。当時は写真週刊誌「FOCUS」の記者で、記者クラブからは締め出しを喰ふ立場。本人も再三自虐的に「三流週刊誌」と述べてゐますが、恐らく多くの人が同様に、「センセーショナルな見出しと下品な覗き見趣味、強引な取材で煙のないところに煙を立て、あることないことを面白をかしく書き立てる下劣なマスコミ」などと、漠然と認識してゐるのではないでせうか。

しかしその「三流週刊誌」の記者が、警察の捜査(しかも、「数百人体制で」)では迷宮入りかと思はれた事件の犯人を、執念を感じさせる地道な捜査(もはや取材の域を大きく超えてゐる)で突き止めたのであります。
一方で警察は、著者から情報提供を受けながら、怠慢からストーカー行為を繰り返した張本人を逃がしてしまひます。それどころか、その弟を代りに逮捕して一件落着とするのでした。
当然、警察発表に頼る他の「一流」マスコミも情報が無く右往左往するのみであります。昨今テレビニュースを見ても、どの局も同じ表現で事件を報道してゐますが、「警察への取材によると」の乱発ではさもありなむといふところです。

言ふまでもなく、この事件は被害者を刺殺した「実行犯」がゐて、それを指示した「元交際相手」のストーカーがゐる訳で、厳しく断罪されるべきですが、私見ではそれ以上に「警察の犯罪」が重い。そもそも最初の相談時に適切に対処してゐれば、全く違つた展開になつてゐた筈であります。
それどころか、被害者に非があるやうな物言ひで、マスコミもそれに同調するやうな記事を書き、テレビで放送したため、遺族の方々は深刻な二次被害を被つたのでした。

何度も「ストーカーと警察に殺された」との言葉が出てきます。読み進むほどに、「警察」の比重が大きくなつてくるのが分かります。怠慢を隠すために平然と嘘を吐き、それを糊塗するために、故人や遺族を貶める。「遺族は警察に感謝した」などと全く正反対の発表をして恬として恥ぢず、どうしやうもなくなると、トカゲの尻尾切りで末端の数名のみを処分する。
これが、子供の頃憧れた警察官の姿なのでせうか。確かに警察官も人の子、中には一部不心得者がゐるかも知れません。しかしこのケースは上尾署、埼玉県警挙げての大犯罪と申せまう。

結果的に清水氏の一連の取材、捜査によつて、この件は明るみに出ました。さらにこの事件をきつかけに「ストーカー規制法」が誕生します。著者の功績は大と申せませう。
週刊誌の記者といふことで、その文体は時に情緒的、感傷的で、構成も推理小説のやうに読者を導かうとしてゐるかのやうです。
売らんかな、の週刊誌だとかういふ文章になるのでせうか。さういふ部分に抵抗を感じ、「ただの自慢話」と斬り捨てる人もゐます。
しかし、仮に自慢話でもいいぢやありませんか、これだけの仕事を成し遂げたのでありますから。わたくしなぞは、自慢話に値する内容として素直に「スゴイ!」と叫んぢやいます。少なくとも、何もせず批判のみする人たちよりは良いよね。中島みゆきさんの唄ではないけれど、「闘う君の唄を/闘わない奴等が笑うだろう」といふことです。

では、又。ご無礼いたします。



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