源氏川苦心の快楽書肆
古い本を探しては読みふけつてゐます。よければお付き合ひくださいな。
苦悩の旗手 太宰治
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苦悩の旗手 太宰治

杉森久英【著】
河出書房新社(河出文庫)刊
1983(昭和58)年6月発行

伝記作家として名高い、故杉森久英氏(1912-1997)の著書を、初めて読んでみました。いや、今さらお恥づかしい。高名なのに、未読であるといふ作家は頗る多い。かういふ読書ブログを続けてゐて良かつたと思ふのは、なるべく多くの作家を登場させやうとする為、幅広い選書になることですな。もつとも太宰好きなわたくしとしては、いづれたどり着く一冊だつたかもしれませんが。

40年以上前の作品である為、執筆時は一族の長兄・津島文治氏が健在で、かなり突つ込んだ取材がなされてゐます。文治氏は「世間の人は太宰太宰といってさわぐけれど、私には彼の文学のどこがいいのかわかりません」「あれは一箇の不良少年です」などと困惑気味に語る様子を伝へてゐます。
なるほど、将来を期待されながら放蕩の限りを尽くし、自殺未遂を繰り返し、妻子がありながら最期は愛人と情死するといふ、肉親からすると我慢ならない存在なのでせう。特に津軽の素封家を預かる若き主としては、この弟は常に頭痛の種だつたのではないでせうか。
一方で杉森氏は、文治氏の文学的素養を認め、内心では太宰を認めてゐるのではないかと忖度してゐます。あれほど世間を騒がせた弟の文学を、公に認める訳にはいかぬ、と葛藤してゐたのかもしれませんね。

本書の筆致は、必ずしも太宰に好意的なものではありません。甘えん坊で、他人ばかり頼り、自堕落で意思が弱く、貧窮しても憎んでゐる実家から臆面もなく金の無心をする(その金銭感覚は世間知らずのお坊ちやんそのものであります)、太宰の弱い面をことさらに強調してゐるかのやうでもあります。ガチガチの太宰信者は正視に堪へぬのでは。一見、この人は太宰が嫌ひなのかな、と思はせるほどです。
しかし小説を書くことに関しては一切の妥協をせず、完成度の高い作品を紡ぎ続けました。命を削るやうにして。それだけに、私生活の乱れを原因に、作品が認められないといふのは、我慢がならなかつたのでせう。

杉森氏は太宰の死後、しばらくは太宰に関するものから意図的に遠ざかつてゐたさうです。太宰の名を見ただけで顔を背けたほどだと。
そんな杉森氏でしたが、ある時、執筆に疲れた折に、たまたま机上の一冊を取り、頁を捲ります。「その軽い文体とユーモアが心に沁みた。改めて題名を見ると、太宰の「お伽草子」の中の「かちかち山」だった。笑いの底にたたえられた悲しみが、ひたひたと私の心の中へ流れこんだ」「そうか、君はこういう物を書く人だったのか。こんなやさしい、傷つきやすい人だったのか。こんなにさわやかな知恵をそなえた人だったのか

さらに「浦島さん」、続いて「晩年」の諸作を読んだ杉森氏。最後のパラグラフは、本書全体でも感動的な部分であります。もしくは、この数行の為に、本書を執筆したのではありますまいか。そもそも、太宰に関するものから意図的に遠ざかつてゐた人の机上に、「お伽草紙」が置いてあるのはをかしいですよね。

立ちこめていた雲が晴れて、富士が姿を現わすように、太宰がその大きな姿を現わした。私はこれまでいかに太宰を知らなかったかを、はじめて知った。そして、彼を知らなかったことが、いかに大きな損失であったかを、はじめて知った。

知悉してゐたつもりの太宰を、「はじめて知った」と繰り返す杉森氏。いやあ、かういふ物にぶち当たるから、読書は面白い。やめられないのであります。

ぢや、又お会ひしませう。デハデハ。



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