源氏川苦心の快楽書肆
古い本を探しては読みふけつてゐます。よければお付き合ひくださいな。
笹まくら
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笹まくら

丸谷才一【著】
新潮社(新潮文庫)刊
1974(昭和49)年8月発行

もしも丸谷才一氏が存命ならば、今年で90歳になるところです。あの三島由紀夫氏と同年なのですが、丸谷氏はずつとこちら側の人といふ感じがしますな。
笹まくら』は、丸谷氏の長篇小説としては、『エホバの顔を避けて』に続く2作目といふことになります。発表時すでに41歳になつてゐましたが、まあ、その後の丸谷氏のキャリアを改めて俯瞰しますと、一応初期作品と呼んでも良いのではないかと。

主人公は、浜田庄吉なる某私大に勤める事務員であります。当年取つて45歳。取り立てて起伏の無い生活を送つてゐましたが、ある訃報を受け取つてから、変化が生じます。その訃報とは、戦争中に偶然知り合ひ、付き合つてゐた女性のものでした。
香奠を幾らにすれば良いか思案するとともに、それをきつかけに当時の事を思ひ出す浜田。彼は兵役を拒否し、徴兵忌避者として逃亡生活をしてゐたのでした。時計やラヂオの修理、その後砂絵描きとして生計を立てながら、憲兵に見つかりやすい都会を避けて全国を転々としてゐました。その途中で出会つたのがその女性、阿喜子だつたのです。

結局浜田は終戦までの5年間を逃げ切ることが出来た訳ですが、戦後も20年経過した今になり、あることから「徴兵忌避者」としての経歴が職場内に知れ渡ることとなり、大学内の人事にも影響するやうになります。
ゐづらくなつた彼は転職を考へ、会社社長になつてゐた友人に就職の世話を頼むのですが......

現在の大学職員としての浜田の心理状態と、20年前の徴兵忌避者としての浜田(杉浦といふ変名を名乗つてゐた)の回想が、代はる代はる現れます。この交錯は、章で区切られる訳でもなく、それどころか段落分けすらされませんので、突然場面が変る印象なのです。登場人物が変つてゐたり、「浜田」と「杉浦」の使ひ分けで読者は「あ、ここで変つたな」と判断するしかないでのす。まあ、読み進むうちに慣れますが。
そして第4章に当るパートは、第3章の文章が終らないうちに突然挿入され、吃驚します。そして第5章で第3章の続きが、ちやうどVTRの「一時停止」を解除するかのやうに再開するのでした。これらは、ジェイムズ・ジョイスの手法を取り入れてゐるとか。さう言へば丸谷氏の卒論タイトルは「ジェイムズ・ジョイス」であります。

笹まくら、とは「草枕」と同様の意味らしく、旅寝のことらしい。かりそめの、不安な旅寝。浜田は5年間の笹まくらを重ねましたが、ラストを読むと、実はこれから新たな現代の笹まくらが始まるのかも知れません。見事な最後であります。
丸谷作品の主人公は、どこかの部分で体制、即ち国家に背を向ける人物ばかりですな。それが無意識の行動だとしても。
そして国家とは何かを繰り返し問ふのも特色の一つと思ひました。本書でも友人(堺)と「国家の目的とは何か」を論ずる場面がさりげなく挿入されてをります。

長篇小説作家としては寡作を貫いた丸谷氏ですが、それだけに各作品の水準は真に高いと存じます。個人的好みは『裏声で歌へ君が代』ですが、『笹まくら』も実にスリリングな展開で、知的娯楽としての小説、面白さは抜群であります。
日本語に五月蝿いおやぢとしては有名かも知れませんが、戦後日本を代表する長篇小説家としても、もつと知られても良い存在であると存じます。

では眠くなりましたので、今夜はこれにてご無礼いたします。晩安大家。



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