源氏川苦心の快楽書肆
古い本を探しては読みふけつてゐます。よければお付き合ひくださいな。
ヒゲのウヰスキー誕生す
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ヒゲのウヰスキー誕生す

川又一英【著】
新潮社(新潮文庫)刊
2014(平成26)年7月発行

ヒゲのウヰスキー誕生す』、いつの間にか復刊してゐましたね。たぶん、テレビドラマの「マッサン」に便乗したのでせう。わたくしは観てゐないけれど。強かな商策に眉を顰める人もゐませうが、何がきつかけであれ、好著が再び陽の目を見るのは良いことであります。

国産ウィスキーの生みの親、竹鶴政孝の評伝小説であります。竹鶴は広島県竹原の造り酒屋の息子に生まれますが、自身は洋酒の方に興味があつたやうです。それで「摂津酒造」の阿部喜兵衛の門を叩きます。
阿部社長は竹鶴の才能や情熱を見抜き、スコットランドへウィスキー留学をさせるのです。これが竹鶴の人生を変へたのですねえ。
スコットランドでは、全く頼るツテもない状況で、自力で実習の交渉をしたりして、大奮闘であります。多くの成果を日本へ持ち帰るのですが、同時に日本に於けるウィスキーが、いかに酷い紛い物であるかを実感するのでした。
そして、生涯の伴侶となる、エリー、ぢやなくてリタ夫人を伴ひ凱旋帰国いたします。

ところが摂津酒造では、折からの大不況もあり、本格モルト・ウィスキーの醸造計画は役員の猛反対に遭ひ実現しません。これでは何のために留学したのか......失意の竹鶴は摂津酒造を去ります。
ここで手を差し伸べたのが、寿屋の鳥居信治郎であります。竹鶴は大阪の山崎に工場を建て、いよいよ国産本格ウィスキーの醸造へと舵を切りますが......その後も困難は次から次へと押し寄せます。何しろ日本で初めての事をしてゐるのですからな。

ここで関係ない話。山崎と言へば、JR東海道線に「山崎駅」、阪急京都線に「大山崎駅」があり、両線はこの近辺でクロスします。戦前の阪急は韋駄天を誇り、当時国鉄で唯一「超特急」を名乗つた「つばめ(燕)」を追い抜いた場所として語られてゐました。現在の阪急電鉄はJR西にやられて、ちよつと手緩い。当時の矜持といふものはちよつと見当りませんな。

さて竹鶴は鳥居の下で、国産ウィスキー第一号を作るのですが、結局鳥居の「現実主義」とは相容れず、寿屋も去るのでした。そして、かねてより工場建設には最適の地として目を付けてゐた北海道の余市で「大日本果汁株式会社」、即ちニッカを立ち上げるのであります。
勿論ここでも苦労の連続。しかし、この頑固者が志を曲げなかつたお陰で、現在わたくしどもは良質の国産ウィスキーを味はふことが出来るのです。
そして妻・リタの存在が何と言つても大きいですな。彼女がゐなければ、竹鶴はここまで集中して仕事が出来なかつたことでせう。ウィスキー好きのわたくしとしては、この夫妻に感謝するところ大ですなあ。

本書は読み易過ぎて、頁を捲る手も止まりません。早く読み終へるのが勿体なく、後半はあへてゆつくりと、味はふやうに読んだのであります。恰も美味いウィスキーを賞味するが如くに。

では、たぶん今年最後の更新となりますので、皆さま良いお年を。デハデハ。



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