源氏川苦心の快楽書肆
古い本を探しては読みふけつてゐます。よければお付き合ひくださいな。
シベリア鉄道9400キロ
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シベリア鉄道9400キロ

宮脇俊三【著】
角川書店(角川文庫)刊
1985(昭和60)年10月発行

台湾に続く、宮脇氏の海外鉄道紀行は、あのシベリア鉄道です。タイトルもずばり『シベリア鉄道9400キロ』。
シベリア鉄道は、一般的には浦塩からモスコーまでの約9300キロと言はれてゐますが、表題は「9400キロ」となつてゐます。本文によると、当時の浦塩は外国人の立ち入りが禁止されてゐたため、ナホトカからハバロフスクまでは別線を走る「ボストーク号」に乗り、ハバロフスクから「ロシア号」に乗車するルートをやむなく選択したさうです。その際、浦塩から乗るよりも乗車距離は長くなり、約9446キロとなるとのこと。ゆゑに9400キロは間違ひではないのです。

日程は15日間。長い旅であります。初期の宮脇氏は普段一人旅が基本なのですが、さすがに今回はソ連を走破するといふことで、連れがゐた方が何かと安心であります。そこで、版元の編集者「ヒルさん」に同行を頼むことに。なぜ「ヒルさん」なのかと言ふと、「会社では昼行燈なのです」(本人談)とのことで、宮脇氏が命名しました。

まづは横浜港から「バイカル号」による船旅。なぜか松竹歌劇団(SKD)のお嬢さん方と一緒になります。
二泊三日でナホトカ着。ナホトカから漸く汽車の旅になりますが、まだロシア号には乗れず、ボストーク号なる夜汽車でハバロフスクへ向かひます。
ハバロフスクでつひに「ロシア号」に乗車。六泊七日の大旅行であります。車内設備に関しては、有名な列車にしては今一つ質素といふか、日本人にとつては中中不便な住環境のやうです。
一週間も汽車に乗り詰めだと、車窓風景にも飽きてきます。如何なる絶景でも数分眺めてゐれば腹一杯になるのです。さうすると、興味は勢ひ食事になるのですが、「ロシア号」の食堂車はどうも、充実とは言ひ難い内容らしい。メニューにあるのに片端から「無い」と断られるし、酒類は種類が少なく、甘くて不味いシャンパンしかない。酒飲みの宮脇氏としては痛恨の極みでありませう。

そして同乗の乗客同士、情が移つて何となく仲良くなるのも洋の東西を問ひません。しかしカメラをぶら下げたイギリス人だけは、宮脇氏もヒルさんも虫が好かない。どうやら日本人に反感を抱いてゐるらしく、こちらの感情を害する言動ばかりするやうです。ヒルさんなどは激怒し、一発殴つてやらねば気が済まんなどと物騒な事を言つてゐます。そのイギリス人は途中駅で下車したので、特段のイザコザは起きなかつたのは何よりであります。

ロシア号の第三日、「シベリアのパリ」ことイルクーツクで、ほとんどの乗客が下車します。バイカル湖見物などするのでせう。しかし我らが宮脇氏一行は当然乗り続けます。日本語が出来るガイドのワジム氏も下車するとのことで、ロシア語が出来ない宮脇氏たちを心配します。といふか、この有名観光地で下車しない二人を変人扱ひしてゐました。
ワジム氏は親切にも、食堂車のミーシャに「くれぐれもこの日本人二人をよろしく」と念を押して下車したのです。そのおかげで、それまで不愛想だつたミーシャが、がらりと態度を変へ、まことに友好的になつたのであります。

あまりに長大な旅ゆゑ、宮脇氏も本書執筆にはかなり呻吟したやうであります。しかしその苦しみの成果は、如実に表れました。同行のヒルさんを肴にするといふ禁じ手を犯しながらも、十分にシベリア鉄道の奥行と間口を感じさせる一冊となりました。海外篇の代表作の一つと申せませう。

では今回はこんなところで、ご無礼いたします。




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