源氏川苦心の快楽書肆
古い本を探しては読みふけつてゐます。よければお付き合ひくださいな。
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森鷗外【著】
新潮社(新潮文庫)刊
1948(昭和23)年12月発行
1968(昭和48)年3月改版
1989(平成元)年4月改版
2008(平成20)年2月改版

この小説の語り手は「僕」であります。時は明治十三年(本作の執筆は明治四十四年~大正二年)、この「僕」と同じ下宿屋に止宿してゐるのが、医科大学の書生であるところの「岡田」君でした。
岡田君は特段のがり勉ではないが、必要な勉強はそつなくこなし、試験の成績は常に中位を保ち下位にはさがらず、しかし遊ぶ時はしつかり遊ぶといふメリハリをつける人。几帳面らしく、生活習慣は実に規則正しく、時計を号砲(ドン)の時刻に合はせるのを忘れた人は岡田君に時刻を尋ねるほどださうです。
勢ひ周囲の信頼も厚く、下宿屋のお上さんからは「岡田さんを御覧なさい」と、他の学生を諫める時に必ず引き合ひに出されるほどでした。

そんな岡田君の散歩コースに、無縁坂の家の女がゐました。彼の散歩時には、その女は必ず窓から顔を出し岡田君を見つめてゐるのです。どうやら岡田君が来るのに合はせてわざわざ表に出るやうだと岡田君本人も気付き、以降は脱帽し会釈するやうになります。女はそれが嬉しいやうです。

そもそもこの女は、末造なる高利貸しの下へ迎へられた「お玉」といふ女性でした。しかし末造は妻帯者で、高利貸しといふ職業も隠してゐました。真実を知つたお玉の心は、この旦那さんから離れていきます。そんな時、毎日極つて家の前を散歩する書生さんに気付き、まだ会話をした訳でもないのに淡い慕情を抱くやうになるのでした。無論、この書生が岡田君であります。

或る時、お玉の飼ふ鳥が、青大将に襲撃され、絶体絶命のピンチに立たされます。そこへ偶偶やつてきた岡田君が青大将を退治するのです。田中邦衛さんではないよ。その事件をきつかけに、お玉は岡田君と会話をする機会を得たのであります。
岡田君は事が済むと直ぐに立ち去つたので、お玉はお礼を述べるといふ口実で、次回岡田君が家の前を通つたら、思ひきつて声をかけやうと決心しました。

しかし運命は残酷であります。とことんツイてゐないお玉。お玉の念願を打ち砕いたのは、下宿屋の賄に、「青魚(サバ)の味噌煮」が供されたことでした。「僕」はこの献立が気に入らなかつたらしい。喰はずに、岡田君を誘ひ外へ出てしまひます。散歩中に、不忍池で戯れに投げた石が偶然雁に当り、雁が死ぬといふ印象的な出来事がありました。岡田君たちは無縁坂に差し掛かりますが、彼一人ではなく、「僕」がくつついて行つた所為で、お玉は声をかけるタイミングを失するのです。つまり語り手の「僕」の罪は大きいですな。

お玉といふ、幸薄い女性のはかない恋愛が読者の胸を打ちます。偶然当つた石で落命する雁と、偶然「僕」の嫌ひな献立が出たことで断ち切られたお玉の想ひ。それだけに、意図的ではないにせよ「僕」の偏食が恨めしいですな。子供ぢやあるまいし、サバの味噌煮をそこまで嫌ひますか。美味いのにねえ。

唐突に挿入されるフランス語単語の数々(“fatalistique”とか“solennel”など)には、まあ微苦笑で迎へるとして、そもそも語り手を「僕」にする必要があつたのでせうか。特に末造やお玉関係の出来事など、余人の知り得ない内容がわんさか有るのですが。一応最後の辺りで、その事情に関して言ひ訳をしてゐますが、とても首肯できるものではないよね。

......などとぶつくさ言つてみましたが、読後にはどつしりとした満足感が得られます。その文体はまるで明治の御代に別れを告げるかのやうに、(明治といふ空前絶後の変革期が生んだ)口語文小説の完成を急ぐ森鷗外の使命感みたいなものを感じるのであります。いや、わたくしがちよつとさう思つただけですがね。
ぢや、また。御機嫌よう。



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