源氏川苦心の快楽書肆
古い本を探しては読みふけつてゐます。よければお付き合ひくださいな。
箱根の山に挑んだ鉄路
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箱根の山に挑んだ鉄路 『天下の険』を越えた技
青田孝【著】
交通新聞社(交通新聞社新書)刊
2011(平成23)年8月発行

箱根とか小涌谷とかの地名を聞いて、どんな連想をするか。芦ノ湖でせうか。温泉でせうか。いづれにせよ、観光のイメエヂぢやないでせうか。
しかし、流通業の人なら「研修」を連想するかも知れません。朝早くから、夜まで(夕方ではなく文字通り「夜」)講義漬けで、しかも宿題が出るので、僅かな自由時間も自由にならず、就寝直前まで勉強しなければならない。とても一杯呑む気分ぢやないのです。ああ、これは個人的な体験ですね。賛同は得られぬことでせう。

もう一つ与太話。いや出典は確かですがね。井上ひさしさんが幼時の頃、疎開先に柳家金語楼がゐたさうです。何か芸をしてほしくて、毎日金語楼の家に行くのですが、金語楼は芸を見せる代りに、馬尻の水を浴びせたさうです。
しかし一度だけ反応してくれたことがあり、金語楼は汽車の車掌の声マネをして、箱を立てて「ハコダテー、ハコダテー」。次いで箱を寝かせて「ハコネー、ハコネー」と発声し、直ぐ家の中に戻つたとか。(『大アンケートによる日本映画ベスト150』より)

で、漸く本題の『箱根の山に挑んだ鉄路』。昔日より東海道の難所として立ちはだかつた箱根の山。東海道線も当初は山越えを諦め、現在の御殿場線経由で東西を結んでゐました。
しかし箱根は有名な温泉地であり、明治以降は東京の奥座敷として富裕層に注目されてきました。ここに観光用の登山鉄道を敷設しやうと考へても不思議ではありません。
本書は、「世界第二位の登山鉄道」箱根登山鉄道と、箱根観光にその社運を賭けてきた小田急電鉄を中心に、交通の面で箱根が如何なる変遷を辿つたかを示す一冊であります。

第一章では、現在の箱根登山鉄道(箱根湯本~強羅間)の乗車リポート。8.9キロメートルで標高差445メートルを登る、世界でも有数の登山鉄道であります。ああ、また乗りたくなつてきました。
第二章は、箱根路の歴史を辿ります。律令国家時代まで遡り、箱根のルーツを探る。元は「筥荷(ハコニ)」などと表記されたらしく、古代朝鮮語の「パコニ(=筥または函の意)」に由来するとか。この辺は朝鮮半島からの帰化人が多かつたのですね。
第三章では、箱根にいかにして鉄道が敷設されてきたか、或はこなかつたかを、企業間の仁義なき争ひも交へながら紹介してゐます。
第四章は、東京からの観光客を運び続けた小田急ロマンスカーの歴史を振り返ります。首都圏の子供たちの憧れだつた(現在も?)ロマンスカーは、愛知県育ちのわたくしが想像する以上の存在感があつたのです。たぶん。
そのロマンスカーも、NSEの頃までは高速運転を意識してゐたやうですが、線路容量の問題などから、結局スピードが出せる環境になく、その能力を持て余してゐるみたいですね。

「箱根」について丸ごと語つた一冊と申せませう。著者も述べるやうに本書は、以前登場した『ゼロ戦から夢の超特急』と関連があります。『ゼロ戦から夢の超特急』を読んで気に入つたなら、是非この本も手に取ると良いでせう。
デハ、ご無礼します。



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