源氏川苦心の快楽書肆
古い本を探しては読みふけつてゐます。よければお付き合ひくださいな。
椰子が笑う 汽車は行く
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椰子が笑う 汽車は行く

宮脇俊三【著】
文藝春秋(文春文庫)刊
1988(昭和63)年4月発行

台湾、ソ連に続く海外鉄道紀行であります。今回は東南アジア篇とでも申せませうか。全四篇が収録されてゐます。時期としては1983-1984年頃でせうか。もう30年以上経つのであります。

時刻表のない旅―フィリピン」を見てみませう。宮脇氏は元元「時刻表メイニア」で、時刻表を読んでゐるうちに汽車に乗りたくなる質ですの で、本来時刻表がないのに乗るといふのは本末転倒の筈ですが、種々の事情でフィリピンの鉄道に乗ることになりました。
当時のフィリピンは治安が悪く、衛生事情もよろしくないといふことで、出発前にいろんな人から脅されます。
鉄道の情報も日本では入りません。フィリピン観光省の東京事務所でも、鉄道のことは分からず「現地で聞いてくれ」の一点張り。癪に障つた宮脇氏が、思はず「その程度の知識で、よく観光係がつとまりますな」と悪態をつくほど。

文藝春秋の編集者・加藤保栄氏(後の作家・中村彰彦氏)との二人旅で出発しますが、フィリピン上陸と同時に、たちまちダニーと称するポン引きにつかまります。しかしポン引きさへ頼らざるを得ない状況で、結果三人旅になるのでした。
しかしこのダニー、当初こそ女の子の紹介に熱心だつたが、ある時点から宮脇氏たちに協力的になります。
以前ダニーが日本からの客を世話したところ、気に入られて日本への招待を受けた。しかし2月の福井といふことで、東京から遠いし雪は見たことがないし不安なので、宮脇氏たちに日本に着いたら会つてほしいと頼んだのです。加藤氏が頷いたところ、「ダニーの顔に喜色があふれ、この瞬間から彼は変った。あの厚かましいポン引きガイドではなくなった」。
まるで映画のワンシーンのやうな、ドラマティックな展開であります。しかしその後、約束の2月になつてもダニーは現れなかつたさうです。件の日本人が不義理をしたのか、真相は分かりませんが。

他の3篇ですが、まづ「泰緬鉄道とマレー半島の国際列車」。旧泰緬鉄道(「戦場にかける橋」で有名なクワイ川鉄橋がある)の路線が一部残つてゐて、しかも現在も営業してゐるといふことで、宮脇氏は加藤氏と共に、日本人への複雑な感情が残るタイの現地を訪れます。
日本軍が多くの人命を犠牲にして建設した悲劇の鉄道。犠牲者の慰霊碑や墓地などが併設された「博物館」も有るさうで、ここを訪れた外国人などは、たちまち日本人への憎しみが湧いてきて、日本人観光客にインネンをつけたりして絡むことがあるさうです。

続く「台湾一周二人三脚」では、再び台湾を訪れます。『時刻表おくのほそ道』でお馴染みになつた編集者・明円一郎氏と共に、新たに開通した「新台東線」などに乗ります。西側と比べて何かと発展が後回しにされた東側にも、立派な優等列車が走り始め、宮脇氏も感慨深げであります。

最後の「皆既日食ツアーは楽し―ジャワ島」は異色のルポで、鉄道がメインではありません。「インドネシアで(1983年)6月にスゴイ日食があり、それを目的としたツアーが組まれる。ついては折角のチャンスだから是非参加しなさい」との誘ひを受けた宮脇氏。正直天文にそれほど関心はないが、行かなければ勿体ないやうな気もするし、くらゐの気持ちで参加したさうです。無論自由時間を最大限に使つて鉄道にも乗るのですが。
一行の全員が星空を見上げて興奮している。私は疎外感をおぼえた」とか、「夜はまた一人で駅へ行った。天文ツアーにまぎれこんだ鉄道ファンは孤独なのである」などとぼやいてゐたのですが、いざ日食が始まると、流石の宮脇氏もやや興奮の面持ちで、一同と共に拍手の輪に加はつてゐたのです。
けれども、椰子の木は文明人を嘲笑っているように見えてしかたがなかった」「長い棒の先に「笑」という字を乗っけると、椰子の木そっくりになる」

フィリピン・タイ・マレーシア・インドネシア。現在でこそ特にビジネス面で注目の「新興国」ですが、30年前の姿は、まさに我々の脳内にある「発展途上国」そのもののやうです。
さういふ国々でも宮脇氏は、旅行社やガイドには文句を言ひつつも、肝心の鉄道に関しては、いかなる悲惨な現状でもそれを諾諾と受け入れてゐます。あたかも「鉄道には国境無し」とでも言ふやうに。大の大人が走行中の列車に投石するのが「普通」のフィリピンで、宮脇氏は実際に石に当る被害に遭つたのですが、それでも特段の感情を交へず淡々と事実を叙述してゐました。

巻末には、丸谷才一・木村尚三郎・山崎正和といふ豪華な顔ぶれによる鼎談が収録されてゐます。丸谷氏による「虚心を装う芸」論には流石と感じました。「厄介な事情をするりと切り抜けてゆく老獪さ。こういう芸も含めて、絶賛に値する随筆の名手だと思いました。考えてみれば、随筆の名手というのは、百閒がそうですけれども、実に煮ても焼いても食えない老獪な人間ですね。宮脇さんにはお目にかかったことはないけれど、やはり百閒系統の、悪質な男なんでしょう。(笑)

丸谷氏にかう評されるとは、最高の賛辞ではないでせうか。



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