源氏川苦心の快楽書肆
古い本を探しては読みふけつてゐます。よければお付き合ひくださいな。
これでいいのか、急行・快速
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これでいいのか、急行・快速

寺本光照【著】
中央書院刊
1992(平成4)年12月発行

先達ての「はまなす」廃止によつて、本州対北海道の夜行列車が無くなつてしまつたのですが、同時にJR線から「急行」の種別が消滅したといふ意味もありました。
これは大きなことですよ。戦後の混乱期を除けば、明治以来走り続けてゐた「急行」ですから。洋の東西を問はず、優等列車の基本は急行なのですね。その基本を失ふわけです。

イギリス語でも「Express」が基本。上位種別は「Limited Express」で、限定急行略して限急......とはならずに、日本では特別急行略して特急と呼称してゐます。更に上は、「Super Express」超急行即ち超急、ではなく我が国では超特急と呼びました。
現在では「超特急」の種別はなく、長い国鉄の歴史を見ても、戦前の「燕」、戦後の「ひかり」の二例だけだと思ひます。いづれも超特急としては短命で、ほどなく「特別急行」に改められてゐます。
因みに、これも現在のJRには存在しない「準急行」即ち「準急」のイギリス語は、「Semi Express」なのださうです。やはり「Express」といふ単語が入つてゐて、優等列車はすべて「急行」から派生してゐると申せませう。

本書では、寺本光照氏がそんな急行列車について論じます。国鉄からJRグループに移行してからまだ数年の1992(平成4)年頃の執筆でありますので、この時点では126本の急行列車が走つてゐたさうです。当時既に、急行の全廃が予想されてゐたにしては、随分本数が多いな、といふ印象であります。
しかし、1968(昭和43)年10月(いはゆる「よんさんとお」)のダイヤ改正時には、実に1259本の急行が走つてゐたさうですので、やはりその激減ぶりは一目瞭然なのです。

寺本氏がその原因として挙げるのは、以下の通り。

①国民所得の増加により、特急が大衆的な列車になった
②未電化幹線では電化に伴い、急行の特急格上げが行われた
③合理化により、優等列車の種別が特急に一本化され急行が廃止された。
④ローカル線ではモータリゼーションの進展により急行が自滅した


もはや特急は一部のセレブの利用する列車ではなく、庶民も乗車する乗物となり、遅くて車内設備もお粗末な急行は敬遠されるやうになつたのでせう。
JRも、急行型車両の新造は行はず、座して死を待つ感じでしたね。特急は回転式リクライニングシートが普通になりましたが、急行は相も変らず固定式直角座席では、特別料金を徴取する列車としては失格と申せませう。「踊り子」に使はれた185系電車なんかは、急行にぴつたりだと思ふのですが、旧国鉄~JR東はがめつくも特急として走らせました。

本書の前半は総論、後半は各論で愛称別に論じてゐます。急行のみでは分量的に不足するからか、「快速」も同様に俎上に乗せてをります。こんなところにも「急行」の凋落ぶりが窺はれて寂しいのであります。
また、私鉄の有料急行も取り上げてゐます。東武鉄道の「りょうもう」は、特急並の設備を持つた急行として人気がありましたが、実際にその後特急に格上げされました。かうなると、ツマラナイですな。

なほ、「快速」のイギリス語表記は「Rapid」が一般的ですが、JRとしての列車種別は、あくまでも「普通列車」なのださうです。ゆゑに急行と違ひ、特別料金は不要で乗車券のみで乗れます。都市部の快速は特急顔負けの韋駄天列車が多いですが、ローカル線の快速は急行からの格下げなんかが目立ち、勢ひがありません。

旅情豊かな「急行列車」の復活は難しいかも知れませんが、せめて本書でその片鱗でも味はひませう。若大将の唄のセリフではありませんが、「さみしいなあ、君がいないとつまんねえや」といふ心情であります。ではまた。



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