源氏川苦心の快楽書肆
古い本を探しては読みふけつてゐます。よければお付き合ひくださいな。
風立ちぬ・美しい村
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風立ちぬ・美しい村

堀辰雄【著】
新潮社(新潮文庫)刊
1951(昭和26)年1月発行
2011(平成23)年10月改版

5月28日は、堀辰雄の命日でした。一日過ぎてしまひましたが。
彼の作品で一番有名なのは、やはりコレでせうか。「美しい村」「風立ちぬ」の中篇二作であります。両者は一応別作品なのですが、関連性が高いのでセットにして一冊としてゐます。

堀辰雄といへば軽井沢。特に信濃追分は、東京生れの堀にとつて、新たなふるさととして思ひ入れの強い土地だつたやうです。
信濃追分駅は、静かで落ち着きのある、まことに良い駅です。宮脇俊三氏によると、この信濃追分駅を「西軽井沢」に改称しやうといふ不埒な動きが、不動産屋の陰謀で持ちあがつたらしいが、地元の反対で中止になつたとか。さもありなむ。堀辰雄も、草葉の陰でほつとしたのではないでせうか。
ところで、避暑地「重井沢」を舞台にした漫画があつたのですが、誰か知りませんか。みなもと太郎さんだつたやうな気がするけれど、自信はありません。

師と仰いだ芥川龍之介の愛人の娘(片山総子)と恋に落ちたのも軽井沢。肺を病んでゐた堀は、療養のため、屡々軽井沢を訪れてゐたのです。そして片山総子と別れ、傷心を癒さんとやつて来たのも軽井沢。そこで、運命の人である矢野綾子と出会ひます。このあたりから「美しい村」の題材と重なるのでした。

「美しい村」では、小説の構想を練る「私」が、絵を描く一人の少女と出会ひます。この作品ではと「少女」とのみ記され、名前は出てきませんが、矢野綾子がモデルであることは間違ひありますまい。
創作の悩みと少女への思ひに揺れる「私」。恋愛に至る萌芽のやうなものが甘酸つぱく、抒情性豊かに展開されます。誰しも経験したであらう、好意が恋慕に至る過程、そして不安。何でもないやうな仕草や一言に揺れる心。おつさんには眩しい一篇であります。

続く「風立ちぬ」。こちらでは少女に「節子」といふ名が付けられてゐます。彼女の父の依頼で、サナトリウムで療養する節子に付き添ひ、共に入院することになつた「私」。父親が二人の仲を認めたといふことでせう。
しかし節子を診察した医師の言葉は残酷でした。「......こんなにひどくなつてしまつてゐるとは思はなかつたね。......これぢや、いま、病院中でも二番目ぐらゐに重症かもしれんよ......」

難病に日々窶れて、弱つていく節子。病状をはつきりと伝へられてゐない彼女ですが、「私」の心を盗み取つたのか、全てを悟つたやうな気弱な態度を見せる。しかし、今の生活は、あとになつてみれば、どんなに幸福で美しいものであつたか分かるでせうと言ふ節子。泣けるではありませんか。
もはやこの二人はまだ婚約者の関係ながら、長年連れ添つた夫婦のごとく、口に出さずとも双方の思ひが手に取るやうに伝はるのでせうね。

ボリス・ヴィアン『うたかたの日々』(『日々の泡』)をも連想する、美しくも儚い物語。心の弱つてゐる時に読むと、両の眼から熱いものが溢れることでせう。



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