源氏川苦心の快楽書肆
古い本を探しては読みふけつてゐます。よければお付き合ひくださいな。
狭き門
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狭き門

アンドレ・ジッド【著】
山内義雄【訳】
新潮社(新潮文庫)刊
1954(昭和29)年7月発行
1975(昭和50)年9月改版
2013(平成25)年7月改版

先日取り上げた遠藤周作氏の『作家の日記』の中で、クリスト教文学としてのジッドについても言及がありましたので、『狭き門』を開いてみます。
手つ取り早く、カヴァー裏の紹介文を引用すると―

早く父を失ったジェロームは少年時代から夏を叔父のもとで過すが、そこで従姉のアリサを知り秘かな愛を覚える。しかし、母親の不倫等の不幸な環境のために天上の愛を求めて生きるアリサは、ジェロームへの思慕を断ち切れず彼を愛しながらも、地上的な愛を拒み人知れず死んでゆく。残された日記には、彼を思う気持ちと“狭き門”を通って神へ進む戦いとの苦悩が記されていた......。

まあ、愉快な話ではございません。血沸き肉躍るストオリイでもありません。実質無宗教が多い日本人にとつては、理解しにくい内容でもあります。アリサつてさあ、何だか面倒くさい女だよね、なんて言はれさうです。

魂の救済や心の安寧を宗教に求めるならば、衣食足りて礼節を知る世界には宗教は不必要な気もします。せつかく広い門があるなら、そちらを通れば良い。態々狭い門をくぐる必要はありますまい。しかしアリサは、ストイックにも楽な道を歩まなかつたのでした。ジェロームへの書簡や日記を読むと、自己犠牲に陶酔してゐたとも受け取れます。若き日の遠藤周作氏は、「宗教的心理の躓き」と表現しました。

相思相愛の関係なのに、周囲も祝福するのに、戦争や病気などで引き裂かれるやうな運命でもないのに、成就しない二人の愛。ジェロームはかはいさうだし、通俗的には妹のジュリエットが掴んだ小市民的な幸せを応援したくなります。
しかし本書のアリサの告白は、比類ないほどの美しさを見せます。本書の白眉であります。純粋すぎて、穢れたわたくしには結構眩しい。目が眩んでゐる間にアリサは向かふ側へ行つてしまひました。

生意気を言はせていただくと、翻訳がちよつと......仏語解釈の講義ならいいでせうが、文藝作品の翻訳としては、用語の選択とか、紋切り型の訳語とかが気になつてしまひました。新訳が欲しいな、と思つてゐたら、既に「光文社新訳古典文庫」の一冊として出てゐました(訳・中条省平/中条志穂)。
此方の方が良かつたかな?



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