源氏川苦心の快楽書肆
古い本を探しては読みふけつてゐます。よければお付き合ひくださいな。
俺 勝新太郎
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俺 勝新太郎

勝新太郎【著】
廣済堂出版(廣済堂文庫)刊
1987(昭和62)年7月発行

CS放送の「映画・チャンネルNECO」にて、勝新太郎生誕85年を記念して「座頭市」シリーズなどの作品を放送してゐます。個人的にカツシンはあまり好きではないのですが、座頭市や悪名のシリーズは割かし好きで、全部観てゐるのでした。
そのカツシンが自らを語つた一冊。インタヴューをプロのライターが纏めたのか、あるいは本人の筆によるものか、何となく後者のやうな気がします。

この人が自分を語るのだから、さぞかし過去の豪快な歴史を露悪的に披露して、どうだい俺はこんな悪い奴さ、などと自慢する内容だらうかと想像したのですが、さういふ面はあまりありません。麻薬不法所持の件も、案外さらりと書いてあります。
それよりも、本道である芸について語つた諸諸が興味深い。専門の長唄は勿論ですが、歌舞伎については「俺と同年代ぐらいの俳優で、歌舞伎の話をできる俳優は少ないと思う」と語るだけあつて、六代目菊五郎、先代吉右衛門、十五世市村羽左衛門などについては、無知なわたくしにも伝はるやうに、独特の表現で論じてをります。

一俳優の枠に収まりきらず、個性的な演出家としても有名なカツシン。従来の、脚本に雁字搦めの演技を嫌ひ、俳優がこの後、自分が驚くことが分つてゐるのはをかしい、といふ。「偶然=完全」と称し、NGぎりぎりの演技が理想だとか。今までの予定調和の中で作られたドラマが、いかに退屈なものだつたかを、観衆(視聴者)に悟らせなくてはいけない。まあそれは分かるが、監督の顔も立てずに現場を混乱させるのはよろしくないね。こんな人が黒澤明監督の映画(「影武者」)に参加しても、衝突はあらかじめ分かつてゐたではありませんか。黒澤から首を言ひ渡されるのは当然と申せませう。
わたくしも実は、TV版「座頭市」の後半とか、「警視-K」みたいな前衛映像はあまり好まない。一般的に、観客を愉しませることよりも、自分が撮りたい映像を優先させる姿勢は、いかに能力が有つても、それは才能の浪費ではないでせうか。

関はつた俳優仲間たちとの交友も、控へ目ながら触れてゐます。裕次郎からは「きょうらい」と呼ばれてゐたとか、東京で成功した田宮二郎が高級車を自慢するとか。俳優ぢやないけれど、谷川徹三との交友は意外であります。カツシンも泣いたといふ谷川先生の奥方の話は、わたくしもしんみりしました。
それにしても、まだ生誕85年。改めて早すぎる死を惜しむのであります。



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