源氏川苦心の快楽書肆
古い本を探しては読みふけつてゐます。よければお付き合ひくださいな。
巨人、大鵬、卵焼き
巨人、大鵬、卵焼き―私の履歴書巨人、大鵬、卵焼き―私の履歴書
(2001/02)
大鵬 幸喜

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巨人、大鵬、卵焼き-私の履歴書
大鵬幸喜【著】
日本経済新聞社刊
2001(平成13)年2月発行


あの大鵬幸喜も逝く-
柏鵬時代も完全に幕を閉ぢたのであります。このニュウスは結構大きく報じられたので、皆様御存じでせう。
いろんな人がいろんなことを言つてますね。そこでわたくしもひとこと、大鵬について語りたい。
ピストルを川に捨てたとか、さういふ話ぢやないよ。ここでは相応しくない話題です。

わたくしが相撲を観はじめた頃は、すでに大鵬は引退してゐました。「柏鵬」の後継者たる「北玉」も、玉の海の急死により短命に終つたのであります。
その後土俵は戦国時代へ。栃東(先代ですよ)が11勝4敗の低レベル優勝したり、長谷川が涙の初優勝をしたり、高見山が優勝旗を国外流出させたり...

あまりにも大きな存在だつた大鵬がいなくなることで、残された力士たちは目標を失ひ、迷走してゐたのであります。千代の富士が引退してしばらくも同様の状況がありましたね。大乃国、旭富士、北勝海の後輩横綱たちが自分の時代を作ることが出来ずに、千代を追ふやうに辞めていきました。

さて大鵬の相撲は「負けない相撲」の集大成ともいはれ、玄人からは「ツマラナイ相撲」と受け取られてゐました。解説の神風正一さんは「ナマクラ四つ」と称しました。
しかし横綱の仕事はまづ勝つこと。降格のない横綱といふ地位は、負けたら引退しか選択肢がありません。厳しいのであります。

実るほど頭を垂れるの言葉通り、大鵬は頂点に立つても慢心することなく猛稽古に励んだのであります。天才力士と呼ばれるのを極端に嫌ひました。
そんな人だから、後輩にも厳しい。解説者時代は、考への甘い力士に対して容赦なく指摘してゐましたね。あの北海道訛りが懐かしい。

国民栄誉賞が検討されてゐるとか。わたくしも異論はございませんが、生前に授与していただきたかつたですな。タイミングはいくらでもあつたのに。

といふことで、『巨人、大鵬、卵焼き-私の履歴書』をよろしく。

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