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晩年

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晩年

太宰治【著】
新潮社(新潮文庫)刊
1947(昭和22)年発行
1968(昭和43)年改版
2005(平成17)年改版


今年は太宰治の生誕110周年であります。何だかつひこないだ、100周年だつたやうに感じますが、改めて時の流れは早い。時蠅矢を好む。
で、今回は『晩年』の登場であります。第一作品集なのに、ジジ臭いタイトルをつけたものです。どうやらこの作品集を上梓した後に、自殺しやうと目論んでゐたフシがありますので、遺書のつもりで書いたのでせう。

十五篇の短篇からなる一冊。『晩年』とはその総タイトルで、「晩年」といふ名の小説があるわけではございません。
トップバッタア「」は、よく分かりません。いきなりですが。小説といふより、アフォリズム集に近いかも。
続く「思い出」は自伝的小説ですな。紀行文『津軽』で再会を果たす「たけ」も登場します。
魚服記」に登場する少女スワ。わたくし好みであります。津軽の民話を基にした作品らしい。スワが鮒になり、滝壺に吸い込まれてしまふのは哀れであります。
列車」はほんの掌編ですが、読後感は悪くない。否、好いのです。確かに列車での別れは手持ち無沙汰になりますな。
地球図」はキリシタンもの。何も悪くないシロオテが獄中で牢死させられるのは義憤を感じるのであります。
猿ヶ島」の新参者の猿が、人間を見世物と思つてゐたら、実は自分たちが人間の見世物であつたと悟つた時の衝撃。『人間失格』で、大庭葉蔵が周囲から狂人として扱はれてゐたと知つた時のショックを思ひ出しました。
雀こ」は津軽方言で書かれてゐて、難しいのです。あまり理解出来ませんでした。奥野健男氏の解説で少し分かりましたが、情けないのであります。
そしていよいよ「道化の華」。「思い出」と並ぶ、本短篇集の根幹をなす作品であります。後に「虚構の彷徨」の一部となりますが、『人間失格』の原形とも申せませう。主人公の名も『人間失格』と同様、大庭葉蔵であります。
猿面冠者」は、作家が小説を書く過程そのものを小説化してゐます。小説自体のパスティーシュでせうか。しかし最後の葉書、たつた一枚にあれだけの文章が書きこめるのでせうか。
逆行」は「蝶蝶」「盗賊」「決闘」「くろんぼ」掌編四篇から成ります。「蝶蝶」の「25歳の老人」は、『人間失格』のラストシーンを思はせます。大庭葉蔵のその後か?
彼は昔の彼ならず」の青扇は、間違ひなく作者自身がモデルですな。あのだらしなさ、言ひ訳の下手糞さといつたら......
ロマネスク」は「仙術太郎」「喧嘩次郎兵衛」「嘘の三郎」の三篇から成立してをります。三人ともハピイエンドにはならないのですが、何となく笑つてしまふ作品群です。いやあ面白い。
玩具」もまた、作者自身の独白体なのですが、作者を装ふ小説と申せませうか。我乍ら稚拙な表現でお恥づかしい。
陰火」も「逆行」と同じく、四篇の掌編から成ります。即ち「誕生」「紙の鶴」「水車」「尼」で、「尼」は幻想的で不思議な作品。「紙の鶴」は丘みどりさんを連想しますね。どうでもいいけど。
そして最後の「めくら草紙」。この一篇は、『晩年』初版には含まれてゐなかつたさうです。最後のフレイズが格好いいといふか面白い。精神の不安定な時期に書かれたらしいですが、十分(好い意味で)商業的な作品として通用すると存じます。

第一作品集といふことで、もつと習作時代の名残のある、未熟な作品だと思ひなさるか。否、否。既に完成された作品群だと勘考いたします。読んだ人なら、太宰治の底知れぬ才能を感じ取ることができるでせう。


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