源氏川苦心の快楽書肆
古い本を探しては読みふけつてゐます。よければお付き合ひくださいな。
豪華列車はケープタウン行
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豪華列車はケープタウン行

宮脇俊三【著】
文藝春秋(文春文庫)刊
2001(平成13)年6月発行

おそらく宮脇氏最後の海外鉄道紀行と思はれます。国内を含めても、この後は廃線跡紀行とか、歴史紀行を残すのみなので、純粋な鉄道紀行としては最晩年の作品でせう。さう思ふと、じつくりと惜しむやうに読みたいものです。

収められたのは「台湾一周、全線開通」「ヴェトナム縦断列車、二泊三日」「豪華列車はケープタウン行」「ブラジル・ツアー日誌」「マレー半島のE&O急行」の五編。このうち「ブラジル」のみは宮脇氏自弁で参加のツアーであります。世界各地を訪れたが、ブラジルのみ未訪であるのが気にかかり、丁度いいツアー企画があつたので、夫妻で参加したといふことです。ゆゑに、この一編のみは観光ツアーで、鉄道紀行ではありません。

あとがきにもありますが、これら訪問国は途上国が中心で治安が悪い国が多い。宮脇氏も年齢を重ね、健康上の理由もあつて一人旅の自信がなかつたさうです。それで文藝春秋の編集者に同行してもらひ、夜は安全な宿に泊まる。危険が少ない分、旅に起伏が乏しくなる。そこを筆力で面白い読み物にするのが我らが宮脇氏であります。

以前わたくしは、宮脇氏の著作は古いものほど面白いと述べたことがありますが、晩年のそれがツマラヌといふ訳ではありません。
確かに諧謔調は薄くなり、重複表現が目立つなどはあります。宮脇氏が最重要視してゐた「推敲」に手が回らなかつたのか。しかしそれは最初期の奇跡的な傑作群と比較すれば、の話で、並の紀行作家の作品以上の水準であると申せませう。

ブラジルツアーで悪性の菌が入り、帰国後入院を余儀なくされた宮脇氏。これが原因で一気に体力を落とし、その後の執筆活動に大きな影響を与へました。それを考へると、本書を読みながら悲しくもあります。
デハ今日はこんなところで。



漱石を売る
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漱石を売る

出久根達郎【著】
文藝春秋(文春文庫)刊
1995(平成7)年9月発行

漱石イヤー(没後100周年)の最後に、『漱石を売る』の登場です。といつても、漱石の小説作品についての話ではなく、書簡の話。

著者はご存知のやうに、古本屋「芳雅堂」のあるじであります(当時)。苦心の末、大好きな漱石の書簡を二通手に入れたさうです。その真贋については問題ないやうですが、問題はその中身だとか。一通は礼状であり、特段の問題はない。しかし今一通は、何とお悔やみ状なのでした。
いくら大文豪の真筆といへど、弔辞となると別で、縁起を担ぐため中中買ひ手がつかぬ。実際、色色と販促活動をしますが、うまくいきません。よし長期戦だと構へたそんな折、意外なところから買ひたいとの声がかかりました。ところがその買ひ手の思惑といふのが......

漱石専門の古本屋が夢だつたといふ著者の、初期に属する作品集。丁度直木賞を受賞して、注目度が俄然上がり始めた頃でせうか。本好きなら一度くらゐは夢想するであらう古本屋の内幕も適度に披露しながら、表題作ほか約50篇の作品が収録されてゐます。
当店を待ち合せに利用してゐたアベックが実は兄妹だつたとか、開店以来通算15万冊販売記念イベントの泣き笑ひ、老夫婦が亡き息子の足跡を辿る旅に出て著者の店を訪問した話、あるいはゴミ問題で現代人を嘆き、チラシの裏で時代の変化を感ずる。かういふ感覚、例へば平成生れの人にはどう響くのでせうか。全く響かぬのか。興味のあるところであります。

本好きならば多分喰ひつく内容の、滋味溢れる文章であります。まあ、特に本書でなくてもいいけど、こんな寒い季節には出久根氏の文章は良く似合ふのです。
デハまた。



サウスバウンド
無題

サウスバウンド

奥田英朗【著】
講談社(講談社文庫)刊
2014(平成26)年10月発行

映画版に村井美樹さんが南先生役で出演してゐましたので、原作を読んでみました。わたくしは上下分冊の角川文庫版を購買しましたが、実はその後、合本が講談社文庫から出てゐましたね。ここではこちらを挙げておきます。

主人公は上原一郎なる元過激派。東京で妻と三人の子供と暮らしてゐながら、いまだに活動家時代と同じ思想を持つてゐます、国家といふものを認めず、税金は払はず社会保険には加入せず、子供には学校なんか行くなと言ひ放ち、アジ行為を繰り返す人であります。困つた人。
長男の二郎はそんな父親に迷惑を被つてゐます。本編はこの二郎君の視点で進みます。不良中学生の「カツ」に恐喝されながら勇敢にも戦ふ一面を持ち、成長を見せるのでした。父と同じ仲間のアキラおじさんも存在感を見せます。映画では出てこなかつたなあ。

そして父は国家に頼らない自給自足の生活を求めて、一家で沖縄・西表島に移住してしまひます。そこには公営住宅もあるのに、わざわざ電気も水道もないあばら家で生活を始めるのです。実はその家は本土の資本が入つてゐて、開発予定の土地でした。上原家は不法占拠してゐたといふ訳。退去に応じぬ父。当然いざこざが発生し、果てはテレビにて強制撤去と最後まで抗ふ父の姿が全国に曝され......
そして最後に父と母が選択した生き方とは......? 結局この上原一郎さんは、家庭を築いてはならぬ人でしたね。

どうも映画を先に観たせいか、上原一郎が行動する度に、わたくしの脳内ではトヨエツが喚いたり暴れたりするので困りました。ただし原作では「ナンセンス」とは言ひません。官憲と戦ふ姿は痛快とも言へますが、単なる我儘なおつさんとも申せませう。小説としてはまことに読み易く、むしろ軽い印象です。骨太の小説を好む人には物足らぬかも知れません。しかし「結局、何を言ひたいの?」などと問ふては不可ません。上原一郎といふ人物のキャラクタアでぐいぐい押していく作品なので、この人物が合はない人にはつらい一作かもね。
ぢやあ、又。



ヨーロッパ鉄道紀行
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ヨーロッパ鉄道紀行

宮脇俊三【著】
新潮社(新潮文庫)刊
2000(平成12)年2月発行

宮脇氏は若い頃からヨーロッパの鉄道にも頻繁に乗つてゐたさうです。しかしながら、本書を上梓するまで、一冊の欧州鉄道紀行を書いてゐません。
本人の弁によれば、アジアやアフリカ、中南米などと比較して、やはり先進国が集まるヨーロッパでは、元元鉄道が発達・進化してゐるため、実に快適で苦労がなく、トラブル遅延犯罪等に巻き込まれるやうな事も少ない為、執筆意欲が湧かないといふ事らしい。本来なら実に結構な事でありますが、さういふ障害の全くない旅行記などは、読者も読んで面白くないでせう。
そんなこんなで、今まで手を付けずにゐたヨーロッパですが、雑誌「旅」の編集部から勧められたこともあり、本書の誕生となりました。

三部構成で、まづは「1 高速新線の列車」。これに先立つて「宮脇俊三氏と行くスイス登山鉄道の旅」といふツアーが敢行されたさうですが、応募が殺到したため抽選に漏れた人が多く、さういふ人たちを救済するために、再度「ヨーロッパ鉄道旅行」のツアーが企画されました。その紙上再現がこの章に当ります。
さすがに安全安心のパックツアーですので、乗る列車も「ユーロスター」「ICE」「ベンドリーノ」「AVE」と一流、ホテルも一流、トラブルとは無縁の快適旅行であります。即ち紀行文としては、いささか緊張感に欠けるところです。まあ、しやうがないね。ユーロスターでドーヴァー海峡を潜るトンネルに入るまでは皆ワクワクしてゐたのに、いざトンネルに入ると、車窓は当然真ッ暗なので、忽ち退屈するのが面白いですね。

続く「2 地中海岸と南アルプスの列車」は、前章のツアーが解散した後、引き続き宮脇夫妻だけで続行した汽車旅です。もはやツアーではないので、ガイドも添乗員もゐません。乗車したのは、お馴染みの「タルゴ」や、「カラタン・タルゴ」など。スペインの「軌道可変列車」ですが、日本では中中実用化しません。ただし同じフリーゲージトレインでも、日本の新在直通列車で採用されるのとはかなり違ふ方式のやうです。

最後の「3 東欧と南イタリアの列車」では、元出版社勤務で現在文筆家の丹野顯氏との男二人旅。丹野氏は宮脇氏の恩人に当る人ださうで、恩返しのつもりで誘つたとか。丹野氏は海外旅行の経験は余りなく、海外も旅慣れてゐる宮脇氏が引率する筈が......
パリで若い女性数人によるひつたくり襲撃に遭ひ(被害はなし)、それ以降丹野氏は警戒を怠らず、宮脇氏が助けられる場面もあつて立場が逆転したところもあります。
やはり無責任な読者としては、旅人が難儀な目に遭つた方が面白い。芸人が想定外のハプニングをオイシイと感じるのに通づるものがありますね。
デハデハ。今日はこの辺でご無礼します。



作家の日記
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作家の日記 1950・6-1952・8

遠藤周作【著】
講談社(講談社文芸文庫)刊
2002(平成14)年2月発行

違ひのわかる男・遠藤周作氏が逝つて丁度20年が経過しました。遠藤氏は1948(昭和23)年に慶大仏文科を卒業後、鎌倉文庫勤務を経て、1950(昭和25)年に留学生としてフランスに渡ります。当時遠藤氏は27歳。本書『作家の日記』は、その3年間に亘る留学生活を記録した日記であります。

まだ作家デビュウ前だから、表題に偽りありではと勘繰る人もゐるかも知れませんが、遠藤氏は在学中から若手の批評家、評論家として注目される存在だつたさうで、既に商業誌にも寄稿してゐたので、全くの的外れではありますまい。当時から、原民喜や山本健吉、堀田善衛らと交友があつたさうです。日記中に原民喜氏の遺書を受け取る場面があり、同時代人だつたのだな、と分かります。もつとも、遠藤氏が小説家を志したのはどうやらこの留学中のやうですが。

随所に若者らしい学習意欲が窺はれ、まあ若干の生意気さも含まれますが、その真摯な向学心には読者も襟を正すでありませう。何だか寝転がりながら読んでは怪しからぬ書物に思へてきます。実際には少し寝床でも読みましたが。
その生活内容は、読書と書簡に随分と時間をかけてゐます。幼時からカトリックの洗礼を受けてゐた氏ですから、キリスト教文学に特化した研究に没頭します。フランソワ・モーリアックやグレアム・グリーンなど、目的意識を持つた読書に勤しむ。
しかし、健康上の不安が迫りくるのです。持病の肺結核が悪化し、つひにはそれが原因で無念の帰国となります......

生活を管理監督するのが自分しかゐない環境で、今週やるべきこと、今日やるべきことを自らに課し、実行へ移す。これは中中大変なことであります。日記によると、食事に招かれたり、突然来客があつたりで、勉強の予定が狂ふこともしばしば。もし自分なら、それらを言ひ訳にして「まあ、明日でいいや」となりさうです。しかし遠藤氏は求道者のごとく書物に向かふのであります。
もつとも、ある女子学生に、なぜフランスに留学に来たのかを問はれると、日本で二人殺して逃げてきたのだと答へるあたり、後年の孤狸庵先生を彷彿とさせる場面もあつて、嬉しくなります。

本書は、なるべく若い人が読むとよろしい。志を持つた人が挫けさうな時に、本書の頁を捲ればきつと初心を思ひ出し、再び歩き出す心持になるでありませう。
しかしながら、わたくしのやうなおやぢが読むと、中中辛い。学生時代にはそれなりの将来の展望を描いてゐた筈ですが、結局は無為なる日々を繰り返し、「青春という宝」を失つてしまふ。シャルル・アズナヴール。ちよつと、本書は眩しすぎるのです......