源氏川苦心の快楽書肆
古い本を探しては読みふけつてゐます。よければお付き合ひくださいな。
汽車旅放浪記
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汽車旅放浪記

関川夏央【著】
中央公論新社(中公文庫)刊
2016(平成28)年10月発行



関川夏央氏もテツであつた! さういへば原武史氏や酒井順子氏らと汽車旅の本を出してゐましたなあ。迂闊な事でした。
書名から、著者があちこちとテツ旅をする一冊かと思ふところですが、さにあらず。
文学史に名を残す作家たちが、その作品中でいかに鉄道を扱つたか、いかなる汽車旅をしたのかを探り、その旅を追体験してみやうといふ試みですかな。

登場する主な作家は、以下の通り。
高村光太郎・川端康成・坂口安吾・志賀直哉・上林暁・岩野泡鳴・葛西善蔵・中野重治・山本周五郎・松本清張・林芙美子・太宰治・宮沢賢治・宮脇俊三・夏目漱石・内田百閒。
特に宮脇俊三に関しては、一章丸ごと充てるなどして、かなりの熱の入れやうです。『時刻表昭和史』における、今泉駅での終戦体験について熱く語る。確かに名著の誉れ高い同著の中でも、もつとも感動を呼ぶ場面でした。堂々たる「宮脇俊三論」となつてゐます。

漱石は汽車嫌ひだつたと繰り返し述べてゐます。本人もさういふ旨の発言をしてゐるさうです。しかし作品中にはやたらと汽車が登場するのです。描写も的確で、さすがに良く観察してゐると感心するのです。
漱石は猫嫌ひか否かとの論争もありますが、同時に鉄道嫌ひかどうかも専門家の間で論じていただきたい。『坊っちゃん』や『三四郎』などにおいては特に、汽車が重要な役割を果たします。さうさう、『それから』のラストシーンでも、代助が電車に乗りながら周囲が真赤に染まるといふ印象的な場面がありました。内心、実は鉄道好きではないのかと思はせるのです。

書名から、テツ向けの内容かと勘違ひする向きがあるかも知れませんが、本書は鉄道情報を提供する書物ではありません。鉄道をダシにして文学を語るエッセイといふ感じでせうか。まことに愉快な一冊であります。ただし文学趣味の無い人が読むとツマラナイかも知れません。
(ところで、JR西の路線「三江線」は、「さんごうせん」と態々フリガナを振つてゐますが、これは「さんこうせん」でせうね。江津や江川の連想から「さんごうせん」だと思つたのでせうか)



道草
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道草

夏目漱石【著】
新潮社(新潮文庫)刊
1951(昭和26)年11月発行
1969(昭和44)年2月改版
2011(平成23)年3月改版

いやはや又もや間が空いてしまひました。
さて、昨年(2016年)は漱石の没後100年といふことで盛り上がつてゐましたが、今年は生誕150年に当るのでした。二年続けての漱石イヤーなので、わたくしも『道草』を開いた次第であります。

』『こころ』などと同様に夫婦の問題が描かれてゐます。しかし『道草』がそれらと違ふのは、ほぼ漱石自身の体験を綴つた「自伝的小説」であるといふところですね。主人公の健三が即ち漱石本人がモデルであります。妻のお住が鏡子夫人、さらに金をたかる島田のモデルは養父の塩原昌之助となつてゐます。

ロンドン留学から帰国した漱石。英国では精神的にまいつたやうで、神経衰弱になつて、いはば志半ばで帰国する訳です。その後漱石は『吾輩は猫である』で世に出て、朝日新聞社の専属小説家となります。本作の冒頭に「健三が遠い所から帰つてきて」とあるのは、漱石がロンドンから帰国した事を指してをります。
本作の後は絶筆となつた『明暗』を残すのみで、漱石としては最後期に属する作品。もうこの時期になると、初期に見られた諧謔調は姿を消し、重苦しい雰囲気で物語が進むのであります。

夫婦関係はきくしやくしてゐます。夫は空疎な理屈を振り回す思ひやりのない変人として描かれ、妻は怠惰で夫の仕事にあまり協力的ではないやうに見えます。現在の目から見ると、お住は特段の悪妻とも思はれませんが、毎日夫よりも遅く起きるなど、明治の世では非難されるべき一面があつたのでせう。
しかし後にお住が出産する際には、何だかんだ言つて夫婦の結び付きを感じさせる場面もあり、ちよつと安心します。

序盤で島田に出遭つてから、後の色々な面倒(金をたかられる)を示唆するところなどは、読者の興味を誘ひぐいぐい引張ります。そして徐々に島田が接近する様子は、まるでサスペンス小説のやうであり、読者はどきどきしながら先を急ぐのであります。漱石はまるでエンタメ作家ですね、好い意味で。
それにしても「島田」がかういふ卑しい人物に描かれて、モデルの塩原昌之助の子孫の方は、この小説をどう感じるのでせうか。

漱石を余裕派と呼び揶揄してきた自然主義派が、『道草』で初めて漱石を認めたとの話もありますが、あくまでも自伝的小説であつて、従来の作風を変へてはゐないと存じます。小説作法の上手であるだけの話です。
「世の中に片付くなんてことは殆どありやしない......ただ色々な形に変るから他(ひと)にも自分にも解らなくなるだけの事さ」

平安鎌倉史紀行
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平安鎌倉史紀行

宮脇俊三【著】
講談社(講談社文庫)刊
1997(平成9)年12月発行

古代史紀行』に続く、「日本通史の旅」シリイズ第二弾であります。
日本史の流れに沿ひ史跡や歴史上の人物のゆかりの地などを巡る企画で、今回は長岡京遷都から鎌倉幕府の滅亡までを辿ります。即ち『平安鎌倉史紀行』といふ訳。

古代史では歴史と神話の境界線があやふやで、従つて素人も色色と妄想する愉しみがあつたのですが、平安鎌倉となると文献も揃ひ始め、歴史の形が次第にはつきりとしてきました。宮脇氏も、あまり気の進まぬ事件や好まぬ人物がゐるやうですが、さうも言つてをられず、せつせと現地へ向かひます。

あくまでも歴史の流れ順に訪問する為、同じ場所に何度も足を運びます。一見無駄足のやうに見え、交通費も嵩むのですが、著者は何度も旅行出来て嬉しいと全く意に介さないのが愉快であります。
なるべく鉄道やバスで移動したいと言ひながら、タクシーをやたらと駆使します。史跡巡りにはその方が便利だからですね。運転手から地元ならではの情報も仕入れる事もできます。

日本史を繙くとどうしても京都が中心になりがちなところを(実際京都は何度も行つてゐますが)、少しでも変化を付けやうとする姿勢も読者思ひでよろしい。平泉・鎌倉・熊野・比叡山・水海道・日振島(愛媛県・藤原純友を巡る旅)・黒田庄・福原(神戸)・厳島・木曾宮ノ越・一ノ谷・壇ノ浦・美濃太田・永平寺等等。さすがに蒙古襲来の項では、モンゴルまでは行つてませんが。それにしてもこの蒙古軍といふのは、知れば知る程腹が立つのであります。某国なら千年恨みは忘れないと喚く事間違ひなしですな。

武士が擡頭し、新田義貞軍が北条高時を追ひつめ、鎌倉幕府が滅亡したところで本書は一旦終ります。ああ早く続きを読みたい喃。日本史のおさらひにもなつて、まことに愉快な一冊となのでございます。


塩狩峠
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塩狩峠

三浦綾子【著】
新潮社(新潮文庫)刊
1973(昭和48)年5月発行

永野信夫くんは、厳格な祖母と温厚な父と一緒に暮してゐました。母親は信夫を生んですぐに亡くなつたと聞かされてゐます。やがて、思ひがけなく祖母が急死し、同時に見知らぬ女性と女の子が家にやつてきました。実の母と妹であります。
実は母はクリスト教徒で、ヤソを嫌ふ祖母に家から追ひ出されてゐたのでした。信仰を捨てる事は出来ず、夫と息子との別居生活を選んだのであります。しかしその祖母が急逝したため、戻つて来た訳ですな。

祖母の影響もあつて、信夫は中中クリスト教に馴染むことができません。食事の時、父・母・妹がお祈りをするのに、自分だけしないので、疎外感を抱いたりします。しかし、成長するに従ひ、様々な人たちとの出会ひもあつて、クリスト教への抵抗感は徐々に薄れていくやうに見えました。

友人吉川の後を追ふやうに、信夫は北海道へ渡ります。鉄道職員として活躍する一方、吉川の妹ふじ子への愛情を募らせるのであります。上司から娘を貰つてくれと頼まれ断るのですが、それをきつかけに、ふじ子を愛してゐたことを認識するのです。病弱だつたふじ子ですが、信夫の看病の甲斐もあり病状は好転し、二人は結納の日取りを決める段階まできたのですが、運命は残酷でありました......

クリスト教徒向けの雑誌に連載されたこともあり、初めて読んだ時には「クリスト教の宣伝小説かな」と思つたものです。祖母がいかにも愚かしく悪い存在に書かれてゐるやうな気がして、それも違和感があつたのです。
しかし再読しますと、畢竟人は如何に生きるかを問ふ物語だと感じた次第であります。信仰はひとつの道具とでも言ひますか。まあわたくしは、自分に危害を加へる人物の事を「彼をお許しください」などとは思はないし、右の頬を打たれたら左を差し出す度量もございませんがね。

モデルとなつた長野政雄氏の自己犠牲は、信仰の為の結果かどうかは分かりませんが、これはノンフィクションではなく、あくまでも実際の事件を基にした純然たる小説であります。長野氏の死を美化するなといふ批判があるさうですが、自殺説、操作ミス説、覚悟の死説のいづれが事実であるにせよ、警察の捜査ではないのですから、小説の設定は作者に委ねられて当然と申せませう。

感動する人は感動するし、辟易する人はやはり辟易する。人付き合ひも読書も同様ですな。



一人ならじ
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一人ならじ

山本周五郎【著】
新潮社(新潮文庫)刊
1980(昭和55)年2月発行

今年は、山本周五郎の没後50年に当ります。
この人の作品は映像化されたものが多いのですが、そのどれもがわたくしの好みではないのです。それで何となく原典からも遠ざかり勝ちになりますが、実際に作品を読むと素晴らしいのであります。映画やドラマになればなるだけ、却つて新たな読者が減るやうな気がするのはわたくしだけでせうか。

有名な作品はたくさんあるけれど、ここでは何となく『一人ならじ』。いちにんならじと読みます。
全14篇の短篇小説が収録されてをります。発表時期は昭和15~32年にわたりますが、そのほとんどは戦前・戦中に集中してゐます。
その内容は、封建的な武士世界の厳しい社会を背景に、己の信念に生きる人たちを描いてゐます。中中良い。

まづ「三十二刻」の宇女。嫁ぎ先の舅から冷たい仕打ちを受けながら、戦において非凡な対応を見せます。ちよつと出来過ぎ。
「殉死」における八島主馬と福尾庄兵衛。殉死を禁じられた中、主君の死に際して二人は対照的な行動をとります。わたくしは八島の現実的な選択を支持したい。
「夏草戦記」では、立番を離れたらいかなる理由でも死罪、との掟の中、三瀬新九郎は敵方に情報を流す裏切者を討つ為に持ち場を離れます。結果多くの味方の生命を救ふのですが(本来なら殊勲者)、それを語る事無く死罪を受け入れるのです。
「薯粥」は我が隣市の岡崎が舞台。十時隼人なる剣豪が登場しますが、少し理想化し過ぎかも。
「石ころ」の多田新蔵に、妻の松尾は結婚当初失望してゐました。しかし新蔵には隠された真の姿があつた。
「兵法者」における水戸光圀は、後年自ら語るやうに残酷だと思ひますよ。
「一人ならじ」の栃木大介は、犠牲的精神からいくさの最中に片足を失ひます。しかし周囲からは大して評価されませんでした。なぜか......? さすがに、表題にもなるくらゐの作品であります。派手ではないが読後にじわじわと味はひが広がります。
「柘榴」における真沙は、新婚時代、その若さゆゑに夫の本質を見抜けなかつたと反省してゐますが、柘榴を新妻に例へる夫はやはり気持ち悪い。
「青嵐」の登女は、夫に隠し子がゐると未知の女から告げられ、その疑惑を夫に問ふこともできずに、子供の世話をみます。いささか現実離れした対応ですが、その結果、最終的に夫婦の結束は強まることになりました。
「茶摘は八十八夜から始まる」も岡崎もの。領主の不行状を改める為、水野平三郎は相伴役を申し出ます。実は水野自身も放蕩生活から逃れられず、自分を戒めるつもりで願ひ出たのでした。その結果、どうなつたのか......?
「花の位置」のみ時代が違ひ、太平洋戦争末期の東京が舞台。発表されたのも正に昭和20年3月。この時代にも目が曇る事無く、かくも冷静に庶民の戦争に対する思ひを活写してゐます。

本書は必ずしも作者の代表作とか有名な作品といふ訳ではありませんが、いづれも水準以上の出来栄と存じます。やはりヤマシュウ、只者ではないな。
出来過ぎのストーリィに、人によつては修身の教科書みたいだと鼻白むかも知れませんけどね。ぢやあまた。