源氏川苦心の快楽書肆
古い本を探しては読みふけつてゐます。よければお付き合ひくださいな。
主な登場人物
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主な登場人物

清水義範【著】
角川書店(角川文庫)刊
1994(平成6)年5月発行

年末より体調がすぐれず、仕事はするものの家では寝ている事が多い昨今。しかしいつまでも愚図愚図してゐても詮無いので、ここらで源氏川苦心の快楽書肆を更新せんとするものです。

新年恒例の清水義範作品。今回は『主な登場人物』。少し変つたタイトル。もつともこの人の著書は変つた書名だらけですが。
海外の翻訳小説、就中ミステリイには、カヴァーの折り返し部分に「主な登場人物」なる一覧が付されてゐる事が多い。日本人にとつて、片仮名の名前は覚えにくいので、少し前に出てきた登場人物が再度出てくると、ああこの人誰だつけ、なんて困ることがあります。初出場面を一々探すのも大変です。
そこで、冒頭に「主な登場人物」として紹介しておくと、読者が読み進む際の便に貢献するといふ訳であります。わたくしは、この表がない小説で登場人物が多いと、自分でメモ代わりに「主な登場人物」を作成しながら読んでゐるのです。
そこで作者は、チャンドラーの有名な小説『さらば愛しき女よ』の「主な登場人物」の紹介欄から想像して、新たな物語を作らうといふ、まことに馬鹿々々しい試みをするのでした。無論、そこから紡ぎ出される粗筋は、原作とは似ても似つかぬ荒唐無稽なものであります。
アホらしい試みですが、小説のネタに困つた時にはいいヒントになるかも?

その他14の短篇が同時収録されてゐます。著者得意の、何気ない日常を切り取つたパスティーシュ作品ですが、どうも本書は押しなべて密度の薄い作品が多いやうな気がする。気の所為でせうが、この作家は版元別に完成度の高さが違ふと感じます。即ち本書を含む角川系はやや空回りしてゐるのに対して、一方で講談社系は傑作が多いとか。ま、TV通販ぢやないけど、あくまで個人の感想ですがね。
その中でも本書では「ビデオ録画入門」「只今留守にしております」「ショート・ショート 拝啓」なんかがわたくしの好みで、にやにやしながら読むのに最適であります。

まあ今回はこんなところで。デハデハ、2017年もよろしくお願いいたします。



豪華列車はケープタウン行
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豪華列車はケープタウン行

宮脇俊三【著】
文藝春秋(文春文庫)刊
2001(平成13)年6月発行

おそらく宮脇氏最後の海外鉄道紀行と思はれます。国内を含めても、この後は廃線跡紀行とか、歴史紀行を残すのみなので、純粋な鉄道紀行としては最晩年の作品でせう。さう思ふと、じつくりと惜しむやうに読みたいものです。

収められたのは「台湾一周、全線開通」「ヴェトナム縦断列車、二泊三日」「豪華列車はケープタウン行」「ブラジル・ツアー日誌」「マレー半島のE&O急行」の五編。このうち「ブラジル」のみは宮脇氏自弁で参加のツアーであります。世界各地を訪れたが、ブラジルのみ未訪であるのが気にかかり、丁度いいツアー企画があつたので、夫妻で参加したといふことです。ゆゑに、この一編のみは観光ツアーで、鉄道紀行ではありません。

あとがきにもありますが、これら訪問国は途上国が中心で治安が悪い国が多い。宮脇氏も年齢を重ね、健康上の理由もあつて一人旅の自信がなかつたさうです。それで文藝春秋の編集者に同行してもらひ、夜は安全な宿に泊まる。危険が少ない分、旅に起伏が乏しくなる。そこを筆力で面白い読み物にするのが我らが宮脇氏であります。

以前わたくしは、宮脇氏の著作は古いものほど面白いと述べたことがありますが、晩年のそれがツマラヌといふ訳ではありません。
確かに諧謔調は薄くなり、重複表現が目立つなどはあります。宮脇氏が最重要視してゐた「推敲」に手が回らなかつたのか。しかしそれは最初期の奇跡的な傑作群と比較すれば、の話で、並の紀行作家の作品以上の水準であると申せませう。

ブラジルツアーで悪性の菌が入り、帰国後入院を余儀なくされた宮脇氏。これが原因で一気に体力を落とし、その後の執筆活動に大きな影響を与へました。それを考へると、本書を読みながら悲しくもあります。
デハ今日はこんなところで。



漱石を売る
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漱石を売る

出久根達郎【著】
文藝春秋(文春文庫)刊
1995(平成7)年9月発行

漱石イヤー(没後100周年)の最後に、『漱石を売る』の登場です。といつても、漱石の小説作品についての話ではなく、書簡の話。

著者はご存知のやうに、古本屋「芳雅堂」のあるじであります(当時)。苦心の末、大好きな漱石の書簡を二通手に入れたさうです。その真贋については問題ないやうですが、問題はその中身だとか。一通は礼状であり、特段の問題はない。しかし今一通は、何とお悔やみ状なのでした。
いくら大文豪の真筆といへど、弔辞となると別で、縁起を担ぐため中中買ひ手がつかぬ。実際、色色と販促活動をしますが、うまくいきません。よし長期戦だと構へたそんな折、意外なところから買ひたいとの声がかかりました。ところがその買ひ手の思惑といふのが......

漱石専門の古本屋が夢だつたといふ著者の、初期に属する作品集。丁度直木賞を受賞して、注目度が俄然上がり始めた頃でせうか。本好きなら一度くらゐは夢想するであらう古本屋の内幕も適度に披露しながら、表題作ほか約50篇の作品が収録されてゐます。
当店を待ち合せに利用してゐたアベックが実は兄妹だつたとか、開店以来通算15万冊販売記念イベントの泣き笑ひ、老夫婦が亡き息子の足跡を辿る旅に出て著者の店を訪問した話、あるいはゴミ問題で現代人を嘆き、チラシの裏で時代の変化を感ずる。かういふ感覚、例へば平成生れの人にはどう響くのでせうか。全く響かぬのか。興味のあるところであります。

本好きならば多分喰ひつく内容の、滋味溢れる文章であります。まあ、特に本書でなくてもいいけど、こんな寒い季節には出久根氏の文章は良く似合ふのです。
デハまた。



サウスバウンド
無題

サウスバウンド

奥田英朗【著】
講談社(講談社文庫)刊
2014(平成26)年10月発行

映画版に村井美樹さんが南先生役で出演してゐましたので、原作を読んでみました。わたくしは上下分冊の角川文庫版を購買しましたが、実はその後、合本が講談社文庫から出てゐましたね。ここではこちらを挙げておきます。

主人公は上原一郎なる元過激派。東京で妻と三人の子供と暮らしてゐながら、いまだに活動家時代と同じ思想を持つてゐます、国家といふものを認めず、税金は払はず社会保険には加入せず、子供には学校なんか行くなと言ひ放ち、アジ行為を繰り返す人であります。困つた人。
長男の二郎はそんな父親に迷惑を被つてゐます。本編はこの二郎君の視点で進みます。不良中学生の「カツ」に恐喝されながら勇敢にも戦ふ一面を持ち、成長を見せるのでした。父と同じ仲間のアキラおじさんも存在感を見せます。映画では出てこなかつたなあ。

そして父は国家に頼らない自給自足の生活を求めて、一家で沖縄・西表島に移住してしまひます。そこには公営住宅もあるのに、わざわざ電気も水道もないあばら家で生活を始めるのです。実はその家は本土の資本が入つてゐて、開発予定の土地でした。上原家は不法占拠してゐたといふ訳。退去に応じぬ父。当然いざこざが発生し、果てはテレビにて強制撤去と最後まで抗ふ父の姿が全国に曝され......
そして最後に父と母が選択した生き方とは......? 結局この上原一郎さんは、家庭を築いてはならぬ人でしたね。

どうも映画を先に観たせいか、上原一郎が行動する度に、わたくしの脳内ではトヨエツが喚いたり暴れたりするので困りました。ただし原作では「ナンセンス」とは言ひません。官憲と戦ふ姿は痛快とも言へますが、単なる我儘なおつさんとも申せませう。小説としてはまことに読み易く、むしろ軽い印象です。骨太の小説を好む人には物足らぬかも知れません。しかし「結局、何を言ひたいの?」などと問ふては不可ません。上原一郎といふ人物のキャラクタアでぐいぐい押していく作品なので、この人物が合はない人にはつらい一作かもね。
ぢやあ、又。



ヨーロッパ鉄道紀行
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ヨーロッパ鉄道紀行

宮脇俊三【著】
新潮社(新潮文庫)刊
2000(平成12)年2月発行

宮脇氏は若い頃からヨーロッパの鉄道にも頻繁に乗つてゐたさうです。しかしながら、本書を上梓するまで、一冊の欧州鉄道紀行を書いてゐません。
本人の弁によれば、アジアやアフリカ、中南米などと比較して、やはり先進国が集まるヨーロッパでは、元元鉄道が発達・進化してゐるため、実に快適で苦労がなく、トラブル遅延犯罪等に巻き込まれるやうな事も少ない為、執筆意欲が湧かないといふ事らしい。本来なら実に結構な事でありますが、さういふ障害の全くない旅行記などは、読者も読んで面白くないでせう。
そんなこんなで、今まで手を付けずにゐたヨーロッパですが、雑誌「旅」の編集部から勧められたこともあり、本書の誕生となりました。

三部構成で、まづは「1 高速新線の列車」。これに先立つて「宮脇俊三氏と行くスイス登山鉄道の旅」といふツアーが敢行されたさうですが、応募が殺到したため抽選に漏れた人が多く、さういふ人たちを救済するために、再度「ヨーロッパ鉄道旅行」のツアーが企画されました。その紙上再現がこの章に当ります。
さすがに安全安心のパックツアーですので、乗る列車も「ユーロスター」「ICE」「ベンドリーノ」「AVE」と一流、ホテルも一流、トラブルとは無縁の快適旅行であります。即ち紀行文としては、いささか緊張感に欠けるところです。まあ、しやうがないね。ユーロスターでドーヴァー海峡を潜るトンネルに入るまでは皆ワクワクしてゐたのに、いざトンネルに入ると、車窓は当然真ッ暗なので、忽ち退屈するのが面白いですね。

続く「2 地中海岸と南アルプスの列車」は、前章のツアーが解散した後、引き続き宮脇夫妻だけで続行した汽車旅です。もはやツアーではないので、ガイドも添乗員もゐません。乗車したのは、お馴染みの「タルゴ」や、「カラタン・タルゴ」など。スペインの「軌道可変列車」ですが、日本では中中実用化しません。ただし同じフリーゲージトレインでも、日本の新在直通列車で採用されるのとはかなり違ふ方式のやうです。

最後の「3 東欧と南イタリアの列車」では、元出版社勤務で現在文筆家の丹野顯氏との男二人旅。丹野氏は宮脇氏の恩人に当る人ださうで、恩返しのつもりで誘つたとか。丹野氏は海外旅行の経験は余りなく、海外も旅慣れてゐる宮脇氏が引率する筈が......
パリで若い女性数人によるひつたくり襲撃に遭ひ(被害はなし)、それ以降丹野氏は警戒を怠らず、宮脇氏が助けられる場面もあつて立場が逆転したところもあります。
やはり無責任な読者としては、旅人が難儀な目に遭つた方が面白い。芸人が想定外のハプニングをオイシイと感じるのに通づるものがありますね。
デハデハ。今日はこの辺でご無礼します。